No Title Chapter of Ingram: 07

結局、あのあとはそっと引き返してきてしまった。
ヒカルの前に進み出る勇気が出なかった。
いつか、そう遠くない日に話せる日が来るかもしれないと淡く期待した。
イングラム=ナイトレイでなく、西園寺久遠として話がしたい。Festina lente、良い結果により早く到るためにはゆっくり行くのがいい。

——一番ヒカルの事を知っているはずの君が彼を信じなくてどうするんだ?
前に「向こう」のシュトッフェルに言われた言葉が胸に刺さる。

□□

それから4日。
規律遵守が行き届いて誰もが寝てしまい、しんと静まっている深夜の軍内部におかれた兵舎。
僕は目を覚ました。

またしても嫌な予感がしたのだ。こういう予感は外れたためしがない。
蘇ってから嫌な予感しかしていないな、などと自嘲しながら身を起こす。

その直後、遠くで何かが弾けるような音がした。弾かれるように音のした方を向く。
ぞわりと悪寒が背筋を走った。この感覚で一気に覚醒に持っていかれた。

「この音は——!?」

行かなければいけない。
理由はわからないが、感覚はそう言っている。制服を纏い、僕は音のしたほうへ駆け出した。

僕が音のした場所に到着した時には拳銃の発砲音がしたにもかかわらず、他の軍人たちは人だかりが出来るほどに集まってはいなかった。
いつの間にいたのかシュトッフェルとレナス大尉が合流し、IDカードで周りの軍人たちへ身分を明かしてからドアを開ける。

その途端、暗闇に包まれた部屋から漂ってきたのは予想通り濃い血の匂いだった。

ちょっとだけ匂いに顔を顰めたが、それでも彼らは中に入った。僕は極力不自然に思われないように中を伺う。
幸運にも前にいた軍人が目を背け、見るのをやめたところへ入れ替わることができた。
中でうつ伏せに倒れていたのは、白髪交じりの上級将校10人ほどとまだ若いであろうダークブラウンの髪の下級士官——僕の階級より少し下くらい——が1人。
おびただしい出血量であり、この出血量では皆死体だろうと判断する。
下級士官の傍らには、やはり血塗れとなった1丁の制式拳銃。
恐らく、さっきの音はこれだったのだろう。

「おい、特務隊!どうなってんだ!!!」

がなりたてる声。僕のすぐそばにいる軍人たちだ。
煩いので、現場を見るのをやめて後ろへ引っ込んだ。憲兵の仕事だろうにとぼやきながら、自室へ戻る。

□□

先日の上層部の殺害により軍内部は多少なりとも混乱し、”waltz in the DARK”は結局、中止となった。さらに混乱を招くという理由だ。
これも、カミサマの采配だったのかもしれない。
お陰で、普段通りの活動を行う日々が続いていくのだろう。この時ばかりはカミサマに感謝せざるをえなかった。
その証拠に暗部の制服は回収され(おそらく処分されているだろう)、また特務隊の全員にこっそりと軍籍は再び与えられていた。
データベースで自分の分を確認したから間違いはないだろう。
全員の階級が一階級昇進しているのだが、十中八九、口止めのつもりなのだろう。
そんな訳で、シュトッフェルは中将、僕とレナス大尉は少佐になっていた。

それから数週間が経って、上層部殺害事件の全容が少しずつ明らかになった。
当時は分からなかったが、襲撃者がヒカル=ヤサカ中尉だと判明した。そして死亡していたのは上層部殺害の末の自殺ということで片付けられた。
立ち入り禁止となっている幼馴染の部屋をこっそり訪れてみたりして彼が辿った道筋に思いを馳せたりもしたが、それでもすぐに立ち直らなければいけなかった。

ただ、後悔は残った。
あの日、ヒカルの前に進み出る勇気が出せなかったこと。
いつか、そう遠くない日にイングラム=ナイトレイでなく、西園寺久遠として話がしたかったということ。

——一番ヒカルの事を知っているはずの君が彼を信じなくてどうするんだ?
信じられなかった、だからこうなったのかもしれない。
前に「向こう」のシュトッフェルに言われた言葉がまたもや胸に刺さる。

僕にはまだ、役目があるから。
すべて終わったら、墓参りにいって、そこで話をする。そこで踏ん切りをつけるしかなかった。

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Related with Christoph 25.

「どうぞ」
「すみません、お邪魔でしたか?」
「どうかしたのか?」
「閣下、今日は何日だか覚えていらっしゃいますか?」

多少遠慮がちな副官が先頭を切って入る。
そんな彼女の後ろにぞろぞろと隊員たちがついていく。彼らは一様に明るい表情をしている。
「いったい何なんだ?」と言わんばかりにシュトッフェルは首を傾げていた。
隊員からの唐突な質問に、ちょっと慌てて軍から支給されている腕時計に目を走らせていた。Dec.25 と、文字盤のカレンダーは今日の日付を示しているはずだ。

「今日?………12月25日だな」
「でしょう?」

質問をした隊員、アビゲイル=イェーガーがくすくすと笑い出す。
それが周りにも伝染して、誰もが笑い出す。いや、待てよ……12月25日……………ああ、そうか。
僕も人のことを言えないけれど、当の本人は全く気付いていないみたいだった。

「クリスマスか。早いな、もう一年が過ぎようとしているのか」
「いえ、それもあるのですが…もう一つあるでしょう?」

ね?と付け加えて悪戯っぽく笑ったのはレナス少佐だった。
素直にかわいらしいと思える表情であった。

「………そう言えば今日、俺の誕生日だったっけ?」
「ですよね」

シュトッフェルが答えると、せーの、とやたらにこにこした隊員たちが顔を合わせて頷いた。
パーン!!

「うわっ!」

突然の、破裂音に似た複数の音と飛び散る色とりどりの紙吹雪。
反射的に腕で顔をかばったのだが、正体がパーティなんかでよく使われるクラッカーだと分かると「やれやれ」といった表情で腕を下ろした。
ひらひらと、静かに紙吹雪が彼の頭に舞い落ちた。

「閣下、お誕生日おめでとうございます」
「何で、今日が俺の誕生日だって、分かったんだ?」
「アビゲイルのお陰ですよ」
「…アビゲイル?」

何故か途切れ途切れになった言葉を繋げて、視線だけアビゲイルに移してみる。

「はい!データベースでちゃちゃっと調べました!!」
「……………で、ちゃんと任務は遂行しているよな?」
「えっと、それは………ですね……」

すると、彼女は元気よく答えた。
苦笑じみた笑みを少し変えて、それを更に深くしてやると彼女は急に顔を引き攣らせた。
心なしか冷や汗が出ているような気がしないでもない。

「私が彼女にお願いしたんですよ。ですから、責めないであげて下さい」
「……まぁ、今回は大目に見ようか」

副隊長、ナイスフォロー。
隊員たちは満場一致でそう思った。一部の隊員は親指をレナス少佐に向けておっ立てていた。僕もその一人。
そして、改めてお祝いの言葉を贈る。

「お誕生日おめでとうございます」
「えーと、お祝いありがとうございます。まぁ、こうして無事に誕生日を迎えられたんで…来年もこうしていられればいいなと思っています。そして、皆さん…今まで俺についてきてくれてありがとう」
「閣下、もしかして照れてらっしゃいます?」
「……………多分」

なぜ敬語。まるでアカデミー時代の教官と会話している時みたいじゃないか。
からかえるネタが一つ増えた、なんて思ってしまったことは内緒にしておこう。

「現在お幾つですか?」
「あ、それあたしが聞こうと思ってたのに!!」
「叫ぶな、頭に響く」
「うん、まぁ…落ち着いた方がいいんじゃないかな?」
「で、お幾つですか?」
「ああ…24だったかな」
「にじゅうよん!?」
「そう、24」

そっか、もう24歳になる年なんだね。となれば、僕も2月には24になるわけか…。
本当は22で死んでいたはずなのにね………。
僕はどうして動けないのだろう。事態を動かす力が欲しいと思ったのだった。