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『レナス?………俺だが、今から執務室へ向かう。大至急、全員を集めろ。いいな?』
「了解」
それだけを私に告げて、通信は切断された。
乱暴な足音に紛れて何かを投げ捨てたような音が聴こえた。
それから30歩ほどしただろうか、足音が止まる。
コンソールパネルを操作され、解錠される音がして誰かが中に入る。
その誰かとは、上司のクロイツァー。
私をはじめとした部下たちが同時に敬礼をし、彼もそれに敬礼を返すことで応える。
その直後に口火を切ったのは私。
「お帰りなさい、閣下」
「……あぁ、ただいま」
「副官以下全員揃っております」
入ってきた時に見せていた能面のような表情がふっと、何か憑き物の落ちたような表情になる。
何か、あったのだろうか。
「…………さて、集まってもらったのには重要な理由がある。我々特務隊は諜報活動を中心とした特殊任務を担ってきた。そこまではいいな?」
Yes,sir!と返す。
クロイツァー閣下はかすかに頷いて続ける。
「今日、元帥より新しい任務を下された。あぁ…その前に現在、軍内では元帥に対して反旗を翻そうとしている輩がいるという噂があるのは知っているな?」
再びYes,sir!
「そこでだ。閣下はその噂を気にされているらしく、我々に反乱分子の粛清……というよりも、閣下にもお考えがあるようで、我々には捕縛を命じられた。どうやら、殺してはだめだそうだ。特務隊は暗部として動くようにと仰った。後で専用の制服が届くそうだが……あぁ、来たようだな」
来訪者を告げるブザーのような機械的な音が部屋に響いた。
『元帥からお届けものです』
「入れ……いや、私がそちらに行く」
レナスは不思議に思った。
何故、自ら行くと言ったのか。
彼は顔を盛大に顰めながら、扉へと向かった。
そこで、”お届けもの”を運んできた人間と何やら話している。
その後受け取った荷物を床に下ろすと、運んできた人間に何かを言って彼を追い返した。
彼がここまで感情を露わにしているのは珍しかった。
ことさら、苛立ちや焦りといった感情は。
「あの、くそダヌキが……」
クロイツァー閣下がぼそりと呟いたことを、その言葉に秘められた感情をレナスは聞き逃さなかった。
伊達に彼の副官を2年間やっていない。
普段とすればかすかな違いだけれど、それでも大きな違いなのだ。
23歳という若さで少将の地位にある彼は他人になめられたり、良くない感情を持たれていることが多い。それでも、彼の持つ”クロイツァー”という名の権力と驚異的な実力の前には黙らざるを得なかったようだが。それを差し引いても、ほかの将官と対等に接しようとするために、彼は普段ポーカーフェイスを崩すことなく任務をこなす。
感情を押し隠したその姿を上層部では”人形”だの”執行者”だのと呼んでいるらしいが。
今回ばかりは剥がれかけたポーカーフェイス。
この事は、閣下の怒りの大きさを表していた。この方にもちゃんと感情はある。
それを表に出さないようにしていただけで。
決してクロイツァー閣下は”人形”や”執行者”などではない。れっきとした人間だ。
分かっていたはずなのに、初めて分かったような気分になる。
——要は分かっていなかった、という事。
それに気付かなかった自分に、レナスは苛立ちを覚えた。
気付かせないように、私はいつものポジションにつく。
クロイツァー閣下の斜め右後ろ。
「で、だ。こちらの箱に新しい制服が入っている。自分のサイズに合ったものを取れよ」
そう言いつつ、クロイツァー閣下は執務机の椅子にかけて箱に添付されていた紙を見ていた。紙は1枚だけではなく、4枚だった。
1枚目は制服と任務の受領証だったらしく、胸のポケットに差してあったペンを取り出してサインをしている。
2枚目は何かのリスト。恐らく、ターゲットのリストだろう。
3枚目は彼個人にあてられた文章のようだ。
何処かの住所が書かれている。その住所に心当たりはないが、何故か嫌な予感がした。
そして、4枚目を目にした途端、彼の顔が強張った。
それは特務隊全員の処遇について。
背後から確認していると、ある一行に目がとまった。
除隊許可証?
暗部は、特殊任務部隊とは表と裏の関係にある非公式特務機関だと聞いている。
非公式特務機関といえども、そこに所属するものは必ず軍籍を持っているはずだ。
それなのに軍籍まで削除してしまうとは………………。
彼は顎に手を当てて何かを考えている。これの意味するところだろうか。
そして部下たちへ声を発する。
「制服を受け取ったものはこちらへ……渡すものがある」
「………閣下、これは!?」
「…………どういうことなんですか!?」
そうして、彼の前にやってきた隊員たちに除隊許可証を手渡すと、彼らはみな驚いたらしく目を見開いていた。
言うまでもなく、私もその中に含まれている。
それからワンテンポ置いて除隊許可証を渡された理由も分からずに隊員たちはクロイツァー閣下に机越しに詰め寄る。彼らに落ち着くように諭してから、クロイツァー閣下は口を開いた。
「そのことについて俺の推測を述べてみたいと思う。あくまでも推測だから、確証はない。………………だがな、俺の推測を聞いて判断するのは、間違いなく君たちだ。そこのところを念頭に置いていてほしい」
そして、彼は推測を簡単に述べ始めた。
できるだけ感情を抑えて淡々と。
やはりというべきか。推測を聞いた隊員たちの顔が次第に曇り始めた。
いや、そうならない方がおかしいのかもしれない。
「理不尽でしょう!?」
「私たちを何だと思っているんですか!!」
「隊長は悔しくはないんですか!?」
彼らに対して、クロイツァー閣下は手で制し言葉を紡ぎだしていく。
その最中に彼の顔も曇っていくのが分かる。
何も感じない方がおかしい。
私は神の人形であるはずなのに、そう感じた。
私はいつの間にこんなに人間らしい感情を持つようになったのだろう。
「それは確かに悔しいし、元帥に殴り込みしに行きたいような気持ちにもなるさ。……でもな、『あくまでも推測』だと言っただろう?………万が一の場合は俺が全ての責任を取る。そんな事態が起こらなければ問題は無いのだがな。……で、話を戻すが、作戦実行は今日より一週間後。作戦名はwaltz in the DARKとする」
顔が曇ったままのクロイツァーは部下たちに復唱を命じた。
同じような顔で私も部下たちも復唱した。ただ一人、イングラム=ナイトレイ大尉を除いて。
彼は何かを考えるような顔をして閣下と私を見据えていた。