No Title Phase:06

Phase:six

インターホンの受話器のLEDの点灯の色を見れば、オレの住んでいるマンションの一番下のエントランスからのものらしい。
訝しげにLEDの光を見やってから、インターホンの受話器を取る。
オレがいくら良く寝ていたとは言っても、現在時刻は午前7時30分。
通勤時間帯の真っただ中に、誰かが訪ねてくるのはまだ早すぎる。
「…どちら様ですか」
『俺だ、シュトッフェル。起きているのなら開けてくんねぇか?…ってか開けろ』
受話器の向こうの、エントランスで足止めを食らっている人物は自分の名前すら名乗らずに、快活そうにそう言った。
その発言で誰が来たのか分かって、朝だというのに…とか、年の割には元気いっぱいなもんだなぁ、などと若いはずの彼は考えつつも、鍵を開ける気にはなれそうにもないのを自覚した。
「…………………分かりました」
心底面倒臭そうにかなりの間をおいてから、エントランスの解錠ボタンを押して受話器を定位置に戻した。

それから3分後。
部屋の前までやってきたらしい傍迷惑な客はインターホンでこんな事までのたまった。
『ほれ、来てやったんだからとっとと開けやがれ。でないと、ここら一体ぶっ壊すぜ?』
「はいはい……今開けますから、壊さないで下さいよ?俺が修理費用を負担することになってしまうでしょう?まぁ、俺より財力のあるあなたが弁償してくださるというのなら話は別ですけれどね」
そんな事を返しつつも、オレは気だるげに玄関まで進んでいく。
そして、全てのロックを外してやる。
先程までの気だるげな態度とは打って変わって、直後にできる限りの速さで今いる場所から5歩ほどバックステップ。

勢いよく開くドアの向こうから突進してくる男が一人。

突進してきた男が急停止して、きょとんとしたような、どこか不満なような表情で自分の目の前を凝視した。彼の職業を考えるとすごく似つかわしくない仕草。オレが腕組みをして、その様子を喉の奥で笑いながら見やったところ、男は彼の仕草を見て僅かに不機嫌になったようだった。
「なんだ、シュトッフェル?挨拶のハグくらいさせてくれたっていいじゃねぇか」
「いい年して、ハグですか?コルネリウス叔父さん。…もう40歳にもなってるっていうのに」
「あ・の・な・ぁ!人の温もりは大事なんだよ。それを求めて何が悪いってんだ?」
「あなたはそれを求め過ぎなんですよ」
「言うじゃねぇか…まだ23の癖して」
「叔父さんこそ………何かご用件があったのでは?」
オレが話の方向を変えると、「切り出し方が分かんなかったから…助かったぜ」と呟いて彼の叔父であるコルネリウスはわずかに頭をかいた。
「あぁ、悪いな。お前に教えておきたい事があったんでな…簡単に済むような通信じゃなくて、直に会いに来たってわけだ」
「叔父さんがそこまでするなんて、一体何なんですか?…まぁ、どうぞ上がってください」
「ん、ちっとばっかしお邪魔させてもらうぜ」
組んでいた腕を解いて、部屋の中へ叔父を招き入れる。
コルネリウスは我が物顔でダイニングテーブルに備えつけられている唯一の椅子に腰を下ろした。
ちょうどコーヒーがまだ温かい状態で残っていたので、それを出すのを申し訳ないとは思いつつも、客用のカップに入れてコルネリウスに差し出す。そして、オレ自身はソファに座る。
「で、用件とは?」
「あぁ………まずは………」
どうやら用件というのは複数あるらしい。
口を開いた叔父の声が急に真剣味を帯びた。
その途端に緊張感が舞い降りてくるのを両者が感じたに違いないだろう。
「…………お前の姉のクリスティアーネの事なんだ」
「え?」
オレは突然消息不明らしい姉の名前を聞き、眉を寄せた。
滅多にない、「執行者」という物騒な二つ名を持つ軍人である甥(すなわちオレの事だ)の困惑した表情を見る事が出来て、叔父は面白かったらしく、どこか満足そうな表情を浮かべていた。何だか子供が悪戯を成功させたときのような笑顔。
「おう、お前は驚くかもしれねぇけど…昨日の深夜、俺の秘書から俺宛の通信が入ってきたと通信があってな。急いで取り次がせたら、それがクリステルの義理の父親からのもんだったって話だ。ちなみにクリステルの声も聞こえた」
「…あぁ、やっぱり生きてたんですね」
「そう。生きてたんだぜ、お前の片割れは…………………あのテトラリスで」
「テトラリス、ですか。それはまた…遠い」
□□

クリストフは大して驚くこともせずに、一回だけ感慨深げに頷いた。
それを見て、「ああ」とひっそりとため息をつく。
恐らく、彼は自らの姉が生きている事を確信に近い形で把握していたのだろう。
やはり双子というものは、一卵性双生児にせよ、二卵性双生児にせよ、そうでない者には分からないかもしれない何かで…それこそ血の繋がり以上の絆のようなもので繋がっているものなのだとコルネリウスは思う。例え、連邦軍上層部の大人たちの陰謀で18年以上離れ離れに引き裂かれている双子だとしても。
だからこそ、彼の中で連邦軍は許せない存在になっているのだ。…自分も、と付け加えるべきだが。
しかし、そんなコルネリウスの職業はその許せない連邦軍をも相手にした軍事産業の社長なのだ。
クリストフもまた現在は少将の地位にあり、彼にとっては許せない地球連邦軍上層部の一柱を担っている。仕事上休戦しては儲からないが、この双子たちを何とかしてでも会わせたいというのが今のコルネリウス個人の目標だった。
幸いにして、現在は地球とテトラリス星系とは休戦状態にある。上手くいけばあるいは…

そんな彼の思考は、甥の一言で打ち破られることとなった。
□□
「しばらくはお預けですね」
はっとしてソファに座る甥の顔を見やれば、彼は静かに笑っていた。
光の失せた鋭い眼光を浮かべ。
静かに笑っていたとは言っても、寧ろ暗い笑みを不穏気に浮かべていたと言うべきだったか。
彼はいつの間にこんな陰のある表情をするようになったのだろうと叔父として、大人として悲しく思う。
「俺の、あいつらへの仕返しが終わってからでないと………会えない」
「あいつら?お前の養父へか?」
「それもありますが、義父だけではありません。上層部全てへ、です。」
「まさか」
まさか、と聞くまでもなかった。
クリストフの瞳は、怒りと悲しみに沈んでいた。
父親譲りの海よりも深い青の双眸が本気だと語りかけていた。
「まさか、ではありません。至って本気です…あいつは、ディクソンは養子にしたばかりの俺が何も知らないのを良い事に、叔父さんを長い事強請ってきたのでしょう?」
「ん、まぁな。………だが、これはすでに終わった話だ。あいつの謝罪と言う形でな」
「おまけに上層部は全員が知っていたと言うし…父さん以外は………一部始終を後で知った父さんは、俺たちにデータを残してくれていたんです。——俺たち姉弟の生まれについて」
「……ヴェル兄が?」
突如変わった話題にコルネリウスは瞳を瞬かせ、クリストフを凝視した。
凝視された側の彼はふっと複雑な笑みをこぼして微かに首を縦に振った。
「ええ、それを見て納得しましたよ。——何故軍人としての俺が『ENFORCER(執行者)』と呼ばれるのか、それと上層部の人間が俺を見るときの視線の意味が」
どこか遠くを見て、淡々と語るクリストフの瞳には何も映っていないのが見て取れた。
光の射さない青の瞳と暗い笑みはそのままに。
「………知ってしまったのか」
「叔父さんは何も気になさる必要なんてないんです。でも正直、今も怒りはおさまっていません。だから——」
「復讐すんのか?——お前は…前会った時に、『怒りは終わりのない復讐と悲しみを引きずる』って言ってたよな?…お前は、自分が言ったそれを覆すってのかっ!?あぁ!?」
コルネリウスは声を荒げ、勢いよく椅子から立ち上がった。
その拍子に椅子が床に倒れ込んで、大きな音をたてた。
———どこか、甥に裏切られたような気がしていたのだ。
自分の表情から何かを感じ取ったのか、甥はやんわりと「いいえ」と首を横に振った。
「——いえ、今晩あいつとの食事会があるんです。その時に養子縁組を解除してもらって、退役をしたいと訴えてみるつもりでいます。全てはそれからなんです」
予想してしまった悪い事とは違う言葉を聞き、自然と感情も落ち着いてくる。
それが分かったかのように彼が視線を和らげると、同時に瞳に穏やかな光が灯る。
だが、無表情に近いままの表情で口を開いた。
「できれば、穏便に話を済ませたいんですがねぇ」などと呟いているが、実際には実力行使にでも出ることさえ厭わないような気がする。
コルネリウスがそう思っていると。
「あいつが簡単に承諾するとはどうしても思えねぇんだがなぁ」
「叔父さん、あいつに承諾して『もらう』のではなくて…俺の…いえ、クロイツァーという名が持てる権力で以て、承諾『させる』んですよ。叔父さんだってやってきた事はあるでしょう?」
「お前な……。そりゃ、俺にも経験あるから何にも言えねぇけどよ」
「それなら、あいつも『本望』でしょう?あいつはクロイツァー家のネームバリューという名の権力を欲しがっていたみたいですから」
「シュトッフェル、俺はお前が怖ぇよ……」
「それに、あいつ主導の不祥事も—叔父さんへの強請りも含めて—完全に掴んでますし。——これでも諜報活動を主体とする特務隊隊長なんですから朝飯前ですよ?俺にとってはね」
呆れかえる自分をよそに、クリストフは先程までの不穏な笑みの代わりに不敵な笑みを浮かべた。
時計は午前8時30分を指していた。
「あ、叔父さん。今から行きたいところがあるんです。——ヴォルフ伯父さんのところへ」
「俺も行く。今まで散々迷惑掛けたんだし、ヴォルフ兄に最後の挨拶くらいはしていかなきゃな」
「では、行きましょうか」
「ああ。外に車を待たせてるからそれで行くぞ」
「そうですね」
そして、扉は閉じられた。
間もなく、事態は変わり始めるのだ。

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