No Title Phase:09

Phase:nine

「っ、何じゃこりゃぁッ!!!」

とある大学病院のとある病室に悲鳴ともつかぬ叫び声が響き渡った。
その直後に誰かが「お前は松田優作かッ!?」とこれまた大声で突っ込んだ。
しばらく、病院には妙な空気が漂った。
黒い冷気とでも言うべきか。

これの原因を説明するためには時間軸を少々過去へ移さなければならないだろう。

「——よーやく気が付いたなッ、シュトッフェル!」

目を開けると、そこにはドアップの叔父がいた。
目に痛いくらいの白の中、黒い髪の叔父が俺を覗きこんでいた。
反射的に右手で視界を遮る。
これでよし。

「いきなりぶっ倒れたんだぜ…全く、驚かさないでくれよなー…寿命が、かーなーりー縮まったぜ」
「すみません……」
「医者が応援を呼びに行っている間に一瞬で髪が銀色がかった色になっちまってな。it’s a miracle! プリンセステンコーでもできないようなイリュージョンか、あるいは白髪かと思っちまったぜぃ」
「はぁ……って、髪が銀色?俺の髪の毛はそこまで色は抜けてないでしょう?」

視界を遮っていた右手を両目のある位置からずらして、ふぃぃとわざとらしく息を吐く叔父にひとまず謝ってはみるものの、叔父はこれまたわざとらしく溜息をついた。用いられたネタがかなり古いうえに、妙に興奮気味の叔父についていけない事を早々と感じて適当な返事を返すと、今度はビシッと擬音語がつくくらいに思い切り俺を指さしてこう言い放った。

「そんでもって、今現在もお前の髪はそんな色合いなのさっ!」

これには流石に固まった。
恐らく、今、俺はこれ以上ない位の間抜けな面を晒しているだろう。
その証拠に、叔父が爆笑しだした。眼尻に涙まで浮かんでいる。
あとで、制裁を……………ははははははっ………それを考えると、何故か楽しかったりする。
うん、間違いなく俺だ。

「…………へ?白髪?」
「………信じたくないのもよぉく分かるぜ!けどな、ほれ!!」

クリストフが豪快に笑い続けているコルネリウスに突きつけられたものは、妙に可愛らしいような、どぎついような…よく分からない色合いのピンクの手鏡だった……………りする。多分、病院内の売店あたりに売ってある品。

そんな手鏡に映る、普段となんら変わらない自分の顔。
気だるげな表情なのは放っておいて。
目は相変わらず青いままだが、かろうじて黒が入っていた髪の毛は……………というわけで、冒頭のセリフに至るのである。

「地毛?」
「……………そんな訳ないでしょう……」
「ま、な」
「俺が、黒髪で青い瞳の父親と金髪で青い瞳の母親から生まれているのはあなただって知っているでしょう?それからどうやって、こんな髪色の子供が生まれるんですか。しかも、倒れる前は若干黒かったんでしょう?」
「いやぁ、そりゃそうなんだけど。お前って遺伝子操作受けてたんじゃなかったっけ?それで————…」
「あなたが何を期待しているのかさっぱり分からなくて、かなり気持ち悪いんですけど。まぁ、確かに遺伝子操作は受けてるみたいですけど?そんな…髪の毛の色が変わったなんて事実は一切ありませんからね、多分」

ベッドの上で上半身だけを起こして、腕を組んだままの状態で叔父を睨みつけた。
もともと目つきは悪い方だから、睨めば相当の効果があると分かっていての行動だ。
この辺が「確信犯」と呼ばれる所以なのかもしれない。

しばらくして、クリストフは周りを医師たちに囲まれることとなった。
見渡す限りが白衣・白衣・白衣。
あぁもう、泣きたくなってきた。
その気持ちとは裏腹に、彼の背後からは冷気を伴った黒い靄が見えたそうな。

「———それで、思い当たる節はありますか?」

思い当たる節ねぇ………特に無い、でいいのか?でも、何かを忘れているような………気が…………するんだけどなぁ…………。
23歳にして健忘症とは随分情けないような気はするのだが。
銀、銀、銀……………銀……………
意識が果てしなく遠い彼方へ行ってしまいそうな時にタイミングよくフラッシュバック。
そう言えば、あいつの髪の色は銀だった。———ってことは、これはあいつの所為かッ!?畜生、ガブリエル!いつか、礼はたっぷりとしてやる…………いや、金髪だがエアハルトの可能性も捨てきれない。
ってことは双子の両方に。

いや、それはないって!その責任転嫁は無いだろ…
元々髪の色抜けてきてただろ…俺たちは関係ないぞ。
何処かで某双子が突っ込みを入れた気がした。

ああ、でも疲れた…統合直後だというのもあるのか?
なんか眩暈がする、かも…………

おい、ちょ…
あー…、しょうがない…
彼らはそう呟いていた気もした。

「あっ、倒れた」
「くぁwせdrftgyふじこlp!」
「っつーか、おい、STATだろ!カルちゃんを呼べぇっ!」

この、妙に医師らしくない、ゆるい発言はどうなんだ?
しかも、きちんとした言葉を話せ。キーボード配列じゃ訳が分からないだろう。
カルちゃん、ってランドセルじゃああるまいし。
この病院、ちょっとどころか…………かなり不安だな。
クリストフは意識が銀河の彼方へぶっ飛んでいくのを感じながら、そう思ったのであった。

□□

何故だか爽快な気持ちでクリストフは目を覚ました。
目の前で叔父が顔を真っ青にしながら強張った笑みを浮かべていた。

「………………よ、よぅ…目、覚めた、みてぇだな」
「何なんですか、そんなに青ざめた強張った顔なんかして」
「や、んなこた…ねぇ(あるけどよ)…けど、あ…あれはやりすぎ…」
「一体何なんですか、全く。…気持ち悪い」

心なしか、叔父が後ずさりしているような気がするのは気のせいか。
しかも、汗の量が先程と比べて格段に増えている。
先程とは態度の全く異なる叔父の様子に、クリストフは呆れた様な溜息をついた。
本当に全く、どうなってるんだ。

「お、お前…そこんところだけ、は兄貴に、似なかったんだな……うん……あ…ね、義姉さんにそっくりだ、な」
『聞こえるか、クリストフ。統合しても、統合以前の俺達の人格はそのままみたいだな…』
「……え?」
『多分、やったのは俺だ…』
「え、エアハルトが?……あ。」
『ちょっと俺も記憶が飛んでいて、はっきりとは覚えていないのだが…妙な爽快感がある』
「ああ、今さっき思い出した。やったのはお前だったな」
『やっぱりか、すまない……』
「誰だ、そいつ………いや、どなたですか…ね…………?」

突如聞こえてきたエアハルトの声にクリストフの注意は引き付けられて、叔父の言葉は完全に無視する(される)形になった。
哀れ、コルネリウス=C=A=クロイツァー。

『お前の意識ができた直後に俺達の方は何かの力で引っ張られて……………』

エアハルトが何が起こったのかをクリストフの記憶に補足を加えてくれた。
その説明の最中から直後にかけて、クリストフの口元が歪んだ。
何だか、極上の黒い笑みが浮かんでいる御様子。
エアハルトの話を大胆に要約すると、それぞれの意識が飛んだ後にエアハルトの無意識の一部が彼の体を使って黒い微笑みを浮かべつつ(いろんな意味で)暴れたということらしい。
とどのつまりは、ストレス発散ができたのだから、目覚めがすっきりしていたのだ。

「——よくやった、エアハルト」
『……あぁ、まかせておけ(?)』
「あぁ、叔父さん?」
「…………っ、何だ?」

ベッドの布団の中でこっそりガッツポーズ。直後、クリストフの深い青の双眸がコルネリウスを捉える。
その視線の先のコルネリウスは、思い切り背筋を震わせた。
肉食獣に狩られる前の動物ってこんな気持ちなのだと実感したと彼は後に語った。
どうにでもなれと心の中で念じつつ、冷静な対応を取って見せる。
余談だが、社長業でもこんなに緊張したことはない。

「もう、12時ですし、今日の義父さんとの食事に参加しなくてはいけませんので、帰りましょうか。今なら誰にも負けないような気がするんですよねー」

(そりゃ、そんな気もするだろうよ。)
…とは思ったものの、口には出さない。どうせ口に出したところで先程の悪夢が蘇るだけだ。
コルネリウスは、先程の悪夢以上の悪夢を経験するはめになるであろうクリストフの義父ことジェレミー=R=ディクソン(中将)に心の中で同情しておいた。クリストフが病室に運ばれた時に病院着に着替えさせられていたため、彼が来る時に着ていたスーツを出してやりながら、また病院を出る時に向けられた人々の視線に耐えながら、コルネリウスはひっそりと溜息をついた。

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