Phase:sixeen
「レナス?………俺だが、今から執務室へ向かう。大至急、全員を集めろ。いいな?」
『了解』
それだけを告げて、クリストフは携帯電話を切った。
上層部の人間は気に入らない。
自分の保身と野心を併せ持っていて、利用できるものは飼いならすという労力さえ厭わずに利用しようとする。そのいい例がディクソンだ。あの元帥もまた然り。
「…………ちっ」
自分も上層部に属する人間だということは棚に上げているということを頭の隅に置きつつ、何となくイライラしていた。その所為で盛大に舌打ちし、頭を掻き毟ってから軍の制服のポケットに乱暴に両手を突っ込んで、足音さえ消さずに歩き出す。
彼らしくもなかった。
こんな事になるのなら、全てを破壊してしまおうか。
…そして、破壊した世界を自らの思うがままの世界に仕立てあげてしまおうか。狂暴な、どこか子供じみた考えが頭の中をよぎる。だが、そんなことをしてしまえば、それこそあの喧しいコロラトゥーラソプラノの声の主《彼女》の言いなりだ。
かなり腹が立つ。
何もかも莫迦らしい。
この地球連邦軍という名の箱庭も。
その中で踊っているようで踊らされている上層部も。
馬鹿らしい考えを一瞬だけでも持ってしまった己でさえも。
手の中でバキッと音が立ったのを耳が拾う。
無意識のうちに手に力を込めていたらしく、音をたてた手を開いてみると、ひびが入った携帯電話がそこにあった。
もっとも、もう使えそうにもないほどの亀裂だったが。
「………馬鹿が」
興味をなくしたかのようにそこらへんに携帯電話を投げ捨てて。
誰にともなく呟いて、慣れた距離感に足を止める。
ドア脇のプレートに刻まれている文字は、”特殊任務部隊隊長執務室”。
手なれた様子でプレートの下のコンソールパネルを叩き、解錠して中に入る。
そこには、部下たちが待っていた。
部下たちが同時に敬礼をし、彼もそれに敬礼を返すことで応える。
その直後に口火を切ったのは副官。
「お帰りなさい、閣下」
「……あぁ、ただいま」
「副官以下全員揃っております」
あぁ、苛立ちが治まっていく。
今現在、彼が落ち着いていられるのは、彼らのお陰だ。
クリストフは静かに認め、彼らの前まで歩を進める。
「…………さて、集まってもらったのには重要な理由がある。我々特務隊は諜報活動を中心とした特殊任務を担ってきた。そこまではいいな?」
Yes,sir!と隊員が返す。
クリストフはかすかに頷いて続ける。
「今日、元帥より新しい任務を下された。あぁ…その前に現在、軍内では元帥に対して反旗を翻そうとしている輩がいるという噂があるのは知っているな?」
再びYes,sir!
「そこでだ。閣下はその噂を気にされているらしく、我々に反乱分子の粛清……というよりも、閣下にもお考えがあるようで、我々には捕縛を命じられた。どうやら、殺してはだめだそうだ。特務隊は暗部として動くようにと仰った。後で専用の制服が届くそうだが……あぁ、来たようだな」
来訪者を告げるブザーのような機械的な音が部屋に響いた。
『元帥からお届けものです』
「入れ……いや、俺がそちらに行く」
レナスは不思議に思った。
何故、自ら行くと言ったのか。
彼は顔を盛大に顰めながら、扉へと向かった。
そこで、”お届けもの”を運んできた人間と何やら話している。
その後受け取った荷物を床に下ろすと、運んできた人間に何かを言って彼を追い返した。
彼がここまで感情を露わにしているのは珍しかった。
ことさら、苛立ちや焦りといった感情は。
「あの、くそダヌキが……」
クリストフがぼそりと呟いたことを、その言葉に秘められた感情をレナスは聞き逃さなかった。
伊達に彼の副官を2年間やっていない。
普段とすればかすかな違いだけれど、それでも大きな違いなのだ。
23歳という若さで少将の地位にある彼は他人になめられたり、良くない感情を持たれていることが多い。それでも、彼の持つ”クロイツァー”という名の権力と驚異的な実力の前には黙らざるを得なかったようだが。それを差し引いても、ほかの将官と対等に接しようとするために、彼は普段ポーカーフェイスを崩すことなく任務をこなす。
感情を押し隠したその姿を上層部では”人形”だの”執行者”だのと呼んでいるらしいが。
今回ばかりは剥がれかけたポーカーフェイス。
この事は、閣下の怒りの大きさを表していた。この方にもちゃんと感情はある。
それを表に出さないようにしていただけで。
決して閣下は”人形”や”執行者”などではない。れっきとした人間だ。
分かっていたはずなのに、初めて分かったような気分になる。
要は分かっていなかった、という事。
それに気付かなかった自分にレナスは苛立ちを覚えた。