Phase:seventeen
「で、だ。こちらの箱が新しい制服が入っている。自分のサイズに合ったものを取れよ」
そう言いつつ、クリストフは執務机の椅子にかけて箱に添付されていた紙を見ていた。
紙は1枚だけではなく、4枚だった。
1枚目は制服と任務の受領証。
署名欄が空白になっているということはこちらでサインをしろということか。
2枚目はおおよその標的のリスト。
『今調べさせている』とさっき言っていたのに、もう終わったのかと妙に空虚な感慨が頭をよぎるが、それを頭から追い出して、そこに挙げられている名前の羅列を素早く頭に叩き込む。
3枚目はクリストフ個人にあてられた文章。
何処かの住所が書かれている。ここへ行ってみろとでも言うのか。
その住所に心当たりはないが、何故か嫌な予感がした。
そして、4枚目を目にした途端、顔が強張った気がした。
それは特務隊全員の処遇について。
流し読みをしているとある一行に目がとまった。
除隊許可証だと?
暗部は、特殊任務部隊とは表と裏の関係にある非公式特務機関だと聞いている。
非公式特務機関といえども、そこに所属するものは必ず軍籍を持っているはずだ。
それなのに軍籍まで削除してしまうとは………………。
恐らく、こういうことなのだろう。
仮に、暗部が標的を捕縛ではなく、殺害したとしよう。
軍籍を持たない我々がやった処で、元帥は標的が死んだことに関する火の粉をかぶらないで済む。
こちらは軍籍を持たない……二元論でいってみれば、民間人に近い扱いになる。
地球連邦軍軍法第253条、及び共通刑法第199条によれば、民間人による殺人ましてや軍人の殺害は厳罰に処される可能性が高い。元帥は”軍人を殺された報復”という大義名分でこちらの人間を軍事裁判にかけることも可能だ。一網打尽にせんと、全員を軍事裁判にかけることもあり得る。
こちらにメリットなどほとんど…否、全く無い。
あるのは、リスクだけだ。
あくまでも、命令を遵守させるという訳か。
こちらが命令を聞かなかった場合を想定してまで、利用するわけだ。
命令を聞かぬなら処分するまで、か。
やはり、元帥も我々のことを使い捨ての人形扱いしている訳だな……!
やはり腹が立つ。
ならば、と考えを巡らせる。
だが、部下を巻き込むわけにはいかない。
これは全て俺のエゴなのだから。
感じている怒りをできるだけ抑えつつ、部下たちへ声を発する。
「制服を受け取ったものはこちらへ……渡すものがある」
「………閣下、これは!?」
「…………どういうことなんですか!?」
そうして、クリストフの前にやってきた隊員たちに除隊許可証を手渡すと、彼らはみな驚いたらしく目を見開いていた。
それからワンテンポ置いて除隊許可証を渡された理由も分からずに隊員たちはクリストフに机越しに詰め寄る。彼らに落ち着くように諭してから、クリストフは口を開いた。
「そのことについて俺の推測を述べてみたいと思う。あくまでも推測だから、確証はない。………………だがな、俺の推測を聞いて判断するのは、間違いなく君たちだ。そこのところを念頭に置いていてほしい」
そして、彼は先程まで頭の中にあった推測を簡単に述べ始めた。
できるだけ感情を抑えて淡々と。
やはりというべきか。
推測を聞いた隊員たちの顔が次第に曇り始めた。
いや、そうならない方がおかしいのかもしれない。
「理不尽でしょう!?」
「私たちを何だと思っているんですか!!」
「隊長は悔しくはないんですか!?」
彼らの反応はもっともだと思いながら、クリストフは手で制して言葉を紡ぎだしていく。
その最中に顔が曇っていくのが自分でも分かる。
「それは確かに悔しいし、元帥に殴り込みしに行きたいような気持ちにもなるさ。……でもな、『あくまでも推測』だと言っただろう?………万が一の場合は俺が全ての責任を取る。そんな事態が起こらなければ問題は無いのだがな。……で、話を戻すが、作戦実行は今日より一週間後。作戦名はwaltz in the DARKとする」
恐らく顔が曇ったままだと自覚しながらクリストフは部下たちに復唱を命じた。
恐らく同じような顔で部下たちも復唱した。
□□
場所は変わって。
彼は自らの居城で電話をかけていた。
「ディクソン中将閣下に御取次ぎいただけますか?……ええ、『デューク=アルゼ=ロートレック』と言えば伝わるでしょう。できれば急いでお願いしますね」
取り次ぎを待つ間、窓ガラス越しに背後からの太陽の光を浴びて、彼の髪と服がじんわりと熱を帯びていく。今が夏と呼ばれる時期であるうえに、もともと地毛の色が熱を吸収しやすいものだから困ったものだ。暑くて場所を移動しようにも、今使っているのは固定電話である為場所を移せない。
困ったな、と改めて思いながらつつ、スーツのジャケットを脱いだ。
その時、電話が繋がった。
「随分と待たせてくださったものですね………まぁいいでしょう。閣下、この間のお誘いの件でご連絡させていただいたのですが…」
遅れたことを詫びる相手に、つい皮肉交じりの一言を発してしまう。
それを訂正もせずに、話の核心部分に触れる。
「ええ、是非とも私にも参加させていただきたい」
そう告げた瞬間、自分と相手が同時ににやりと笑ったような気がした。