Phase:twenty-four
自室へ拳銃を取ってきたクリストフが音のした場所に到着した時。
拳銃の発砲音がしたにもかかわらず、他の軍人たちは人だかりが出来るほどには集まってはいなかった。その中にいたレナスと合流し、IDカードで身分を明かしてからドアを開ける。
その途端、暗闇に包まれた部屋から漂ってきたのは予想通り濃い血の匂いだった。
ちょっとだけ匂いに顔を顰めたが、それでも中に入る。
中で倒れていたのは、上層部に属する人間が複数と下級士官が一人。
この出血量じゃ、まずこれらは死体だろうと判断する。
傍らには、やはり血塗れとなった一丁の制式拳銃。
恐らく、さっきの発砲音はこれだったのだろう。
「おい、特務隊!どうなってんだ!!!」
背後からがなりたてる声。
さっき入口にいた軍人たちなのだろう。
大体、こういった事件などは特殊任務部隊の管轄などではなく、憲兵の任務だ。
「…この件に関しては、憲兵の仕事だ。憲兵は呼んでいるのか?」
「……いや」
「…だったら、呼び出してからにしてもらえないか?」
「………はい」
声を上げた軍人の方を向いて尋ねてみると、やや間を置いて返ってきた否定の言葉。
彼らの要領の悪さに悪態をつきたくなるのを何とか堪える。
その代わり、若干声が低くなってしまったようだが、それはご愛嬌だ。
がなりたてた本人が妙にびくっとして敬語で答えたのもご愛嬌の一つだろう。
彼から興味を無くしたように、クリストフは死体のほうへ向きなおって検分してみる。
誰もが一撃で死に至らしめられている。
撃たれた箇所はこめかみだったり、心臓のある場所だったりで様々だが。
「まさか…あの人の仕業…?」
一連の会話に参加せず検分していたレナスがぽつりと小さく零した言葉をクリストフの耳が拾った。
まるで誰かを特定しているかのような言い方に疑問が生じる。
だが、そこに敢えて突っ込まずに尋ねてみることにした。
「レナス、何か分かったか?」
すると、彼女は驚いたような表情をして暫く考えた後、「いえ、まだ何も」と答えた。
間もなくして、複数の足音が聞こえてきた。
憲兵が来たらしい。
扉の方を振り返って、クリストフは無表情で「引き揚げるぞ」とだけ言った。レナスも「了解」とだけ返した。
あとは憲兵に引き継いで、執務室に帰る。
その道中。
不意に立ち止まったクリストフはレナスに立ち止まるように言って、彼女に聞いてみることにした。
表情を映していなかった切れ長のプルシアンブルーの瞳を眇めて、声を故意に低くし、「……………レナス=アーヴィング少佐、聞かせてもらおうか。…君はいったい何者だ?」とだけ。
中庭での彼女の問いかけにせよ、先程の発言にせよ、気になるところは多々あった。
だが、言いたくなければ逃げても構わないと思っていた。無理に聞く必要も感じられなかった。
その為に彼女を壁際に追い詰めるような真似はしていないし、警戒心に似た殺気が出そうになってしまうのも抑えている。
「……………私は…」
俯いた際にさらりとこぼれた髪の毛で表情は分からない。
ややあって、彼女が顔をあげた。強い光はいまだに瞳の中に宿っている。
「私はレナス=アーヴィングで、あなたの副官です。それで十分でしょう?」
クリストフは虚をつかれた。
まさか、こんな回答が返ってくるなんて思いもしなくて、ふっ…と笑みが零れる。
「ああ、それだけで十分だった……悪かったな、疑うような真似なんかして」
「でも、あなたに疑われるようなことはあると自覚はしています」
「どういう事?」
ややくだけた口調で話す彼に言うか言うまいか暫く躊躇って、彼女は小さく口を開いた
発砲音の響く前よりは騒がしくはなってはいるものの、それでも彼女の声はよく通った。
「—私は先ほどの事件の首謀者を知っています」
「……それで?」
「先刻、中庭で閣下にお聞きしましたよね?『神がいるならどうするか?』……『私が神の居場所を知っているならどうするか?』と」
「……………ああ」
「あれは、全て本当のことです」
「………神はいる、ってか」
「ええ。先程の事件の首謀者は神です…肉体をもたない神が自分の目的を果たそうとしてこの世界の人間を操ったのでしょうね」
「随分とスケールの大きな話をするんだな?」
「ええ、分かっています。自分自身でもあり得ない話だと…それでも、話さなければならなかったのです。それが私の、神に与えられた任務であるから」
「……………そんなに、神様は偉いか?」
どこか揶揄するような響きを伴った低い声にレナスは視線を少しだけ下に向けて答える。
この世界に降り立ったあの日からいつまで経っても、彼女が神に縛り付けられていることを彼の前で認めなければならなかった。
「………分かりません、あの人が偉いかどうかなんて。ただ、私はあの人に”ベアトリーチェ”であるように強制され、求められているだけです」
「ベアトリーチェ……ああ、ダンテの神聖喜劇か。神にとっての『君』は神を天国へ導く存在なのか……矛盾しているな。神がダンテになってしまっているし、何より神は天国にいるとされているのに」
「…………」
今度はレナスが黙り込む番だった。
「まぁ、神が見た天国は地獄なのかもしれないな」
「え?」
反射的に意味深な言葉と笑みを浮かべたクリストフは「お疲れ」と言って、一人通路を進んでいった。
銀髪を揺らし歩いて行く姿が次第に小さくなっていき、やがて曲がり角を曲がったらしく姿が消えた。
「閣下、それはどういう事なのですか…?」
彼女の声だけが、空しく通路に響き渡った。
□□
「………何言ってんだか」
結局は執務室ではなく私室に戻ったクリストフは自嘲気味にそう笑った。
さっきの自分の発言。
『神が見た天国は地獄なのかもしれないな』
つい口を衝いて出た言葉だった。本当に自分の言葉かどうかが分からなかった。
必要でなくなった資料とペンをとり、書きつけた。
——あれはお前たちの言葉なのか?Christoph.N.L.Kreutzer
それだけを書いて、ペンをしまった。彼らと会話するなら、こうするしかない。
「まぁ、言ってしまったことはどうにもならないな」
そう呟いて自分はベッドに横たわって就寝しようとしたが、急にベッドを離れてデスクの椅子に座り頬杖を突いて苦笑した。
「—そういえば、眠れないんだった」と。
いったん目を伏せ、また開く。
窓の外に浮かぶ月に目を向け、不敵な笑みを浮かべてみせた。
「神とやらは一体どうしたいんだろうな?…その心は神のみぞ知る、か」
今度は月に背を向けて、机の中の資料を取り出した。
何度となく読み込まれて既に頭の中に入っている資料をまた読み始めた。
それから間もなくして、今まで手にしていた資料を机に放り出して別の資料を手に取った。
先程のものより幾分古い感じのする資料をぱらぱらとめくる。
最近は手に取っていなかったが、それでも内容はすっと冴えた頭に入ってくる。その資料のタイトルは”the ENFORCER project”。資料をめくる手が止まった。そこに参加者のリストが掲載されていたのだが、その中に彼の名前があった。
もう絶望はしない。ただ、そこにあるのは諦めだけだ。
「——やはり、クロイツァーを利用したこの計画の一端を担っていたんだな…。どういうつもりだか知りたくもないが、こうなった以上は聞くしかないだろうな」
月よりも冴えた冷たい光を、深海を思わせる瞳に宿したENFORCERが其処にはいた。