No Title Phase:43

Phase:forty-three
いけない、回想に浸ってしまっていた。此処は敵地だというのに。
昔はこんな事なかったのに、いつから感覚は鈍ったのだ?
「複製体…私の与り知らぬうちにクローンを作製し、それらに遺伝子改造を施したらしいな。生命倫理に悖り、法を犯してまで複製体を作る目的は大体予想がつく。いや、この世界においては軍が、ひいては軍の頂点たる元帥が法を掌握しているようなものだからこそ可能だったのだろうが…目的は万が一のケースを考慮した”ゲートキー”の複製。違うか?」
彼らもあのような、凄惨な実験をその身に受けたのだろうか。
彼らが実験を受けていない事を祈る。あんなもの、人がする事じゃない。経験したのは自分たちだけでいい。
「仰る通りです。僕たちはさしずめ貴方のスペアキーというところでしょうか。万が一、本来のカギを失くした場合のスペアなんです」
「そういう割には、私はそうそう命を危険に曝されたことは無いが」
「投薬実験で急性薬物中毒で死亡するケース。過度の虐待で死亡するケース。自らの命を絶つケース。これらは貴方の思考の中に含まれています?」
「……なるほど、そういった事態が起こった場合の補充要員か」
そうエアハルトが言っても、部下は表情を変えない。
それは彼らがその事を分かり切っているという、諦めにも似た悟りか。
やはり、彼らは自分たちに似ている、と思っていると。
部下は彼の言葉を言葉ではなく、首肯することで認めた。その後「だけど、」と彼は言葉を続ける。
「僕たちはそういう生まれ方をしても、貴方には感謝しているんです。この身が貴方のスペアとして生まれても、こうして生きていられるということが素晴らしいんだと思っているんです。そして、僕たちは各々の命に懸けて貴方にずっとついていこうと誓い合ったのです。貴方は間違いなく僕たちに生きる意味を与えてくださったから」
「———そうか」
今までの緊張の面差しは何処へやら、彼はしっかりと此方を見た。
なんて強い眼をしているのだろう。
彼らの思いはあまりにも真っ直ぐだ。
彼らのこの思いが他者の悪意によって歪められることの無いように、と密やかに彼は願った。
普段から祈るものがなかったというのに。
お前にしては珍しい、とガブリエルが笑っている気がする。お前だってそうだろうに、と内心反論する。それはいいとして行かなくていいのか?、そうクリストフは言っている気がする。そうだ、目的を忘れかけていた。
「——行かなくては」
「はい」
「目的地はすぐそこにある」
そう言って、第9実験室を後にした。
かつて、同じ道を辿りながらも此処で散った命への鎮魂の言葉を其処に残して。
□□
ベアトリーチェ ベアトリーチェ ベアトリーチェ ベアトリーチェ ベアトリーチェ ベアトリーチェ ベアトリーチェ ベアトリーチェ ベアトリーチェ ベアトリーチェ ベアトリーチェ ベアトリーチェ ベアトリーチェ ベアトリーチェ ベアトリーチェ ベアトリーチェ ベアトリーチェ ベアトリーチェ ベアトリーチェ ベアトリーチェ ベアトリーチェ ベアトリーチェ ベアトリーチェ ベアトリーチェ ベアトリーチェ ベアトリーチェ ベアトリーチェ ベアトリーチェ ベアトリーチェ ベアトリーチェ ベアトリーチェ ベアトリーチェ ベアトリーチェ ベアトリーチェ ベアトリーチェ ベアトリーチェ ベアトリーチェ ベアトリーチェ ベアトリーチェ ベアトリーチェ ベアトリーチェ ベアトリーチェ ベアトリーチェ ベアトリーチェ ベアトリーチェ ベアトリーチェ ベアトリーチェ ベアトリーチェ ベアトリーチェ ベアトリーチェ ベアトリーチェ ベアトリーチェ ベアトリーチェ。

理想の女性(ベアトリーチェ)。
もう、放しはしない。

器がなければ君が生きていられないのならば、もう手に入らないのなら、その器ごと持ってきさえすればよいのだ。
そして、この空間で……

必要なキャストは揃った。
後はタイミングを待つのみ。

———これが、僕にとっての最後の賭けだ。彼女に勝てれば、僕は心おきなく既存世界の再構築に取り掛かる事が出来るだろう。万が一彼女に負ければ僕は潔く消滅する。もう、負けた以上はずるずると存在していたところで無意味だ。

さて、終幕が始まるようだ。
□□
彼女はメールを打っていた。
使い方は彼らのやり方を見ていたから、何となく分かる。
彼女にはやるべき事があった。もう一人の彼女へ、伝えたい事があった。
必要な事だけ書きこむと、迷うことなく「Send」を押した。
ただ、何かを忘れている気がしたけれど。
□□
「ここか」
そう呟いて、彼は足をとめた。
大きな部屋。プレートには「書庫」と書かれていた。
その書類の多さはかなりのもので、一応敵地にいる事もあってじっくり探せそうもない。
彼は検索機を見つけ、後ろに付いてきた部下にこう言った。
「中尉、そこの端末で私の遺伝子をスキャンしてデータベースを検索してくれないか」
「了解、スキャンを開始します」
了承の声と共に検索機のキーを叩く音が聞こえ始めた。
何をするでもなく、その姿を見ていた。

不意に眠気が襲う。抗おうとするも、それはとても強力で抗えない。
そのまま、ふわりと眠りに就いた。
いまは立ったままだというのに…足を地につけている感触はなかった。
驚いて、目を覚ます。先程の景色は目に映らなかった。

———この身に何が起きたのか、それは目の前にいる男が証明していた。
久しぶりに見た彼の面は、恐ろしく感じた。これが彼だったのかと。

そして、何かが切れた。
□□
暫くしたのち。
「閣下、検索を完了しました…」
いつもならすぐに返ってくる反応が返ってこない。書庫の何処かで何かを探しているのだろうか。
セレストは書庫を探し始めた。スキャンで該当した書類を回収しつつ。
どこにもいない。
焦りが生じた。検索中も注意はしていたが、なんの足音もしなかったはずだ。
「閣下ッ!」
此処が、「敵地」である事を忘れ、彼は叫んだ。

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