Phase:fifteen
人工的な明かりに照らされた部屋の中、一人の老人が何かの書類を手にし、執務机の椅子に座って机の上の端末をじっと見ていた。真っ白い髭を蓄えたその老人が一心不乱に眺めているのは、端末自体ではなく…端末のディスプレイ上に映し出された文字。
部隊名称:元帥直属特殊任務部隊(部隊コード:29894)
通称:アキシオンフォース
隊長:クリストフ=N=L=クロイツァー少将
副官:レナス=B=アーヴィング大尉
任務内容:諜報活動任務中心
特徴:年齢、出身に関係なく、能力が優れた者が集結している。
おもに軍内部から優秀な兵士を選抜し、構成される。
それが故に一般部隊の兵士にあまり良くない感情を持たれてもいる。
「…………そろそろ、あやつらを片付けるのに相応しい頃じゃな」
彼がディスプレイを、それから手の中の書類を見つめて不敵に笑ったその時、部屋への来訪者を告げるブザーの音がした。
扉の外と内側に一台ずつあるインターホンでの会話で来訪者が誰なのかが声で分かる。
ただ一言、『入れ』とだけ返すと、来訪者はするりと入ってきた。
来訪者を見、まるで安っぽい芝居でもしているかのように大仰に来訪者へ手を差し伸べ。
彼は微笑んでこう言った。
「随分と早かったな?……我が命を執行する者よ」
その動作を受けて、彼の命を執行する者…”執行者”がかすかに微笑んだ気がした。
けれど、その内側を見せない、誰も寄せつけようとしない強い光を瞳に宿していた。
“執行者”の来訪から間もなくして、彼らはテーブルを介して向かい合うように座った。
丁度そのタイミングを見計らってか、秘書が彼らに紅茶を差し出した。
「久しぶりじゃのう…任務は順調か?」
「ええ、交戦中のテッサリア条約機構軍のマザーコンピューターに何度か侵入し、いずれも成功しました。……これがそのデータです。防御も甘く、容易く侵入できました」
“執行者”は持ってきていたアタッシュケースを開いて、3枚のディスクと分厚い書類を取り出してテーブルに置いた。老人は書類を手に取り、ぱらぱらと捲っていったが、やがてその口元に笑みが浮かんだ。内容に、その手腕に感嘆のため息が自然と漏れた。
それでも、あの”情報”には叶わないものだ。
最重要機密計画”After Apocalypse”のきっかけとなった”世界の終焉”と”ゲート”という情報には。
“ゲート”についての情報は十分集まった。あとは時期を見て実行するだけだ。
それまでは”鍵”にも束の間の日常を与えてやるつもりでいた。
「……随分と甘い防御だったのじゃな…いや、こちらの諜報能力が非常に高いのじゃろうか。まぁ、よい。いずれにしてもこの情報は我が軍にとっては重要な鍵となる。礼を言うぞ」
老人は紅茶の注がれたカップに口をつけ、ゆっくりと紅茶を嚥下した。
それから”執行者”にも飲むように勧めると、”執行者”は「ありがとうございます」と一言言って、紅茶を一口だけ飲んで、カップを持つ手を膝の上に置いて口を開いた。
「いえ、当然の任務を果たしたまでのことです。……ところで、閣下。私をここへ直接お呼びになったということは、用件はこれだけではございませんでしょう?」
“執行者”の鋭い眼差しと問いに、”閣下”と呼ばれた老人は苦笑した。
改めて目の前の”執行者”を見てみると、これの父親、”最高傑作”と呼ばれたあの将軍と本当によく似ている。10年も前のことだが、戦場で宇宙の塵となったその命はまだ若く、利用価値もあったとしみじみ懐古する。
だが、その息子である”執行者”には、父親以上の価値がその身に刻みこまれている。
「そうだ。君の部隊にはもう一つ仕事をしてもらうことになった。……そうそう、近頃は良くない噂が軍内に飛び交っているのは君だって知っておるじゃろう」
「ええ。”軍内に閣下を貶めようとする輩がいる”という噂は私も耳に挟んでおります」
不穏な輩。
排除すべき反乱分子の噂は結構前からあった。
それが今更耳に入るなんて”閣下”の耳も結構遠くなったものだ。そう思いながら無表情の下で、”無能”と罵ってみる。
先程からただでさえ下降気味だった気分が更に下降していくのを、嫌な予感とともに感じていた。
「そこで君たち、特務隊に頼みたいのは、他でもない。……”反乱分子”の粛清だ」
「………”暗部”の登場、と言うわけですね」
「ああ、事が大きくなる前に芽は摘んでおかなければな……」
「生死は問いませんか?」
「聞きたいことがあるからの。捕縛するだけで構わん」
「……………了解しました、捕縛だけですね。念のためにお聞きしますが、標的のおおよその目星は付いていますか?」
「今調べさせておる」
尤も、目星が付いて無くても勝手に調べ上げるつもりではいるが。あくまでも念のためだ。手にしたままのカップをソーサーに戻す。
「分かりました。…………では、私はこれからすべき事がございますので、失礼します」
もうこんな所にはいたくなかったので、立ち上がる。
大体の用件は済んだので去っても良いだろうという判断のもとだ。
「そうか、それなら仕方がない。”暗部”仕様の制服を用意しておる。それは後々届けさせよう。そうじゃ、制服とともに贈り物も寄越そう」
大して慌てた様子もなく、”閣下”は退出して良いと付け加えた。
“執行者”は最敬礼をして、退出していった。
「”執行者”という名の、”ゲート”の”鍵”を持つ人形…か。……面白い、飼い慣らしてみせようかのう」
“執行者”に贈り物をすべく、”閣下”は怪しげな笑みを浮かべて手を回す。
その枯れた手に”ゲート”の書類を持ち、彼が飼い慣らそうとしている”執行者”の隠している内面を、本性をも知ろうとせずに。