Phase:twenty
もしも願い一つだけ叶うなら
せめて自分を信じてくれている人たちを信じさせて
あとはどうなってもいいから
そしたら、この目に醜く映った世界は変わるかもしれない
美しい世界に
昨日、結局行くべきところには行けなかった。
ヒカルのあんな姿を見たのでは行こうにも行けなかった。
ヒカルは大丈夫だっただろうかと考えを巡らせるクリストフに対して、”大丈夫なはずもない”と彼の頭の中でガブリエルが言った。
今日こそは覚悟を決めて、元帥に聞きに行こう。
そして重い腰を上げた。
連邦軍の制服にも着替えずに。
そこを失念していた。
道中、ガブリエルが頭の中で悲しげに顔を歪めた気がした。
□□
「閣下、いらっしゃいますか」
元帥執務室の扉の前で、インターホンを押しながら呼びかける。
しかし反応はない。
通路を歩く人々が訝しげな顔をしてクリストフを見ながら、彼の後ろを通り過ぎていく。
「閣下、いらっしゃいますか」
もう一度試みるものの、やはり反応はない。
いないのでは仕方ないと思い、ため息を一つだけついて引き返そうとしたその時。
「クロイツァー閣下」
「閣下」
誰かが自分を呼ぶ声がした。
反射的に振り返ると、そこには自分の部下がいた。
「アリス…それにセレスト」
アリス=ローズ
セレスト=フォンテーヌ
どちらも連邦軍の制服を着ている。
かくいう自分は、暗部の制服のまま。その所為で通り過ぎる人が自分を見るわけだ。
迂闊だったことに内心腹を立てる。
「元帥閣下は今いらっしゃらないようですよ」とアリス。
「……知っているさ」と、それに答えるクリストフ。
「それと、閣下に元帥閣下から何かきていたみたいなんですケド?」と話を切り替えたセレスト。
それにやや間を置いてクリストフは反応する。
「………何だって?」
「だから、閣下あてに元帥から…なんかよく分からないけど、封筒がきたんですケド。だから閣下を追いかけてきたんですケド?」
ちょっと気の短いセレストから封筒を受け取り、自分とアリス、セレスト以外に都合よくこの通路に誰もいなくなったことを確認すると、封を開けた。
「…………閣下、もしかしなくてもここでお読みになるのですか!?」
「そのつもりだが?」
「せめて執務室にお帰りになってから、にして下さい!」
「…………」
「閣下っ!!!!!もう、あなたは…………(以下略)!!!」
「別に誰もここには来ないだろーケド?いーじゃん、アリス」
ここでセレストが口をはさむことで、クリストフvsアリスからアリスvsセレストに変わる。セレストが余計な真似をしてくれたとか思わないわけでもないが(彼女の”説教”時間が長引くという点で)、正直言うと自分は傍観者になれるというか、蚊帳の外に放り出され楽になるということで、彼にこっそりと感謝しておく。
「良くありません!!!」
そして、自分はその隙に封筒の中身を取り出して見ることにする。
思えば、この封筒は結構小さい気がする。
書類などはもっと大きい封筒に、折りたたまれないで入れられることから、中身は書類ではないと判断。
半ば怒鳴るような恰好で”お説教”するアリスと、それを右から左へ聞き流しているセレスト。彼のその態度が彼女を余計に煽るらしく、彼女は一方的にヒートアップするし、声も次第に裏返っていく。まぁ、上手なのはどう見てもセレストだ。
…………とりあえず、傍観者というものは楽である。傍観者というよりは蚊帳の外だが。まぁ、彼らの話題は自分のことも入っているが。そこら辺のことはどこかに置いておいて、彼らをよそに自分は封筒を逆さまにして中身を取り出す。
出てきたのは、自分の読み通り書類などではない。薄っぺらい紙切れ一枚だけ。
「閣下だって、ここに誰も人が来ないってこと知ってると思うケド」
「もう、まったく!!セレスト、あなたという人は…………(以下略)」
俺の訊きたいことを見透かしていたかのように、書かれていたのはたった一行。
それだけなのだが、どうにも内容がおかしい。
“QUIZ:DUKE ARZE LAUTRECを並び換えよ”
まったく、クイズじゃないんだから。
呆れたような吐息が口から洩れるのを止められない。アリスのくどくどと長いセレストへの”お説教”をBGMに聞きながら。
それでもって、その”クイズ”を解こうとしている自分に気付いて、また溜息が出た。
そろそろアリスの”お説教”も論点がずれてきたし、セレストもかなり投げやりっぽいし、俺にとってもかなりうるさいから止めてやろう。
「……はいはい、もうやめ、な?」
アリスの目の前に右手をやって、彼女の視界からセレストを覆い隠す。
彼女の”お説教”という名のマシンガントークは、彼女に対象が見えないようにしてやれば意外にあっさりと止められる。
こう言ってしまえば簡単だが、俺がコツをつかむまで結構苦労した記憶がある。
彼女が配属されてきた時だったか、彼女が述べる所信表明があまりにも長くてついつい俺は転寝してしまった。そこからは所信表明から急に上司部下関係なしの”お説教”タイムに突入してしまったのだ。ああ、”お前はどこぞの小姑か?”などと思ったこともあるな。
「…………閣下」
「元帥がいないのならこんな所には用は無いな。戻るぞ」
「分かりましたケド?」
そう言ってクリストフは踵を返した。
後は執務室に戻って、”waltz in the DARK”で踊るパートナーの組み合わせを考えるだけだ。
頭の中で、心の中で。誰かが何かを叫んでいたような気がしたが、何を言っているのか分からなかった。
歩きながらふと、考える。
もし、彼女が…クリスティアーネがいてくれたなら。
もう一人の自分がいてくれたなら。
俺は落ち着いて笑っていられたのだろうか。
こんな世界から逃げることはできたのだろうか。
「いや………」
だけど、すべてはもう手遅れだ。
そんな願いをするにはあまりにも遅すぎた。
いつまでも全てに囚われ続けるしかない。
———結局のところ、人形は人形でしかなかったのだ、という気持ちとそれを拒む自分に気づいた。