No Title Phase:22

Phase:twenty-two

“waltz in the DARK”の実行まであと3日。
クリストフは執務室の机で利き手にペンを持って考え事をしていた。
彼の目線の先には一枚の紙切れ。
先日、元帥からだというものだというその紙切れには、”DUKE ARZE LAUTREC”を並び変えろというたった一言だけ。ちなみにこれを並び替えるとしたら、莫大なパターン数になる。
昨日の夜から徹夜で取り組んではいるのだが、からかっているんだか真剣なんだかよく分からなくなっていた。
もしからかっていたとしたら、いくら最高権力者でもただじゃすまさないと密かに決心しつつペンを走らせる。
カリカリとペン先が紙にインクを残していく。ダークブルーのインクが彼の手の動きに合わせて、文字を形成していった。
最近鏡を見て気づいた事だが、この銀色の髪は元々の色・黒には戻らないらしい。
そんな銀色の髪を掻き毟りながら、次の組み合わせを考えていく。

不意に何かにぶつかったような甲高い金属音がした。
そして机の上を転がっていく銀色のもの。
「あ」
ペンを走らせていた手を止めて、胸元にその手を突っ込んで指先に触れたものを引っ張り出した。
2本の鎖と3つの指輪がその先にはあるはずだったのだが、そこにはちぎれた鎖1本と何も起こっていない鎖、そして2つの指輪。
1つだけ指輪がなくなっていた。まぁ、その指輪はすぐに見つかった。
どうやら、机の上を転がった末に端末にぶつかってその隣で止まっていたようだ。
それを指先でつまみあげてみると、サイズからして父親のものだった。
「…不吉だな」
困ったような声音でぼそりと呟いて、それからどうしようかしばらく思考を巡らせた結果彼自身の指にはめてみるということで収まった。10本の指に指輪をはめては外しを繰り返してみたところ、左手の中指にはめてみたところでちょうど感覚がしっくりときたようだったので場所はそこで決定する。
「まぁ、いいか」
そして、再びペンを走らせた。
カリカリという単調な音が空間を支配した。
□□
彼は街中を歩いていた。
両手をポケットに突っ込んで歩く、彼の表情は狂ったかのように歪んでいた。
いびつに見えるほど口角が上がり、目には嘲けるような光が宿っている。
そんな様子に道行く人は顔をそむけ、彼の周りを避けるように歩いて、ひそひそと何かを話していた。
「随分見事に騙されてくれちゃってるなぁ?ま、そっちの方が俺としても嬉しいけどさぁー…ディクソンも元帥も、さ?あはははっ、あー、おもしれー!!!」
独り言にしては余りにも大きすぎる声と突然の爆笑に、人々のひそひそ声と避けるような仕草がいっそうひどくなった。嘲笑するような光を目に宿していたかと思えば、今度は真剣な光を宿してごくごく小さく呟いた。
「待ってろよ…………きっと助けてやれるから。だから、もう少しだけ我慢しててくれな…」
彼の独白は彼の行方とともに街の雑踏の中に消えた。
□□
「ああ、わしだ。あやつを呼べ…なに、話があるといえばあやつも分かろう。聞かぬなら”処分”しても構わぬよ。ああ、部下を人質として取っても構わぬさ」
「閣下は反逆される場合は考えてらっしゃるのですか?」
「いや、あやつがそんなことする筈はあるまい。そんなことをできるような気持ちは持っておらぬよ。ロートレックが証言しておるぞ、”己が認めた人物には格段に優しい”とな」

確信を伴った発言。
だがそれは信頼などではなく、自分の手の中の従順な人形だという認識からだった。
「……それを聞いて安心しました。それでは呼び出してまいります」
だが、使者はすぐに戻ってきた。
どうやら目的の人物が不在だったらしい。
□□
キーボードを叩いていた。
自分の視線の先には、”鍵”を持つ青年の姿が映し出されたモニターがあった。
今は机に向って何かを考えているようだった。
生憎と音声は聞こえないのだが。
もうそろそろ、自分と彼をつなぐ人物(コンタクト役)から連絡があるはずだと思って、モニターから視線をそらし時計を探した。しかし、この空間には時計などというものは必要がないものという事をはたと思い出して、自嘲の笑みを零してモニターに視線を戻すと、別の端末のモニターに通信が入ってきた旨を知らせるメッセージが表示された。
“——聞いてらっしゃいますよね?…今ご報告させてもらってよろしいですか?”

「あぁうん、いいよ。………どうぞ」

“彼のことですが、もうそろそろそちらに案内してもよろしい時期になったかなと思います。…ただ、厄介な障害が多々ありまして”

「ようやくそんな時期になったんだね…で、厄介な障害?まぁ、とりあえず言ってみてよ」

“今、”waltz in the DARK”という計画が進行中です。”

「あぁ、件の元帥に対する反乱分子粛清計画?」

“ええ…その所為で私たちは動けない状態なのです”

「…………成程。分かった、こちらから何とかしてみようか」

“ありがとうございます。でも、そんなに派手じゃない程度でお願いしますね”

「そこんところは了解してるよ……じゃあね、ありがと」

“失礼します”
通信を切った後、彼は不敵に笑った。
「要はあいつをどうにかすればいいわけだ」
そして、再びキーボードを叩き始めてから18分後。
「よし、タイマーセット完了!これで僕の計画はスムーズに進むよね」
最後にエンターキーを勢いよく叩いた。
□□
「……そんな、ばかな」
手にしていたペンが手をすり抜けて机の天板に落ちて控え目に跳ね返った。
視線はさっきまで妙に夢中になって”問題”を解いていたメモ用紙に釘付けになっている。
「なんで、あの人が?」
そのメモ用紙には文字の羅列がやや間隔をあけて二段に亘って綴られていた。
その間隔には同じ文字と文字を繋ぐように何本もの線が引かれていた。
要はアナグラムだ。
上段にはDUKE ARZE LAUTREC

数々の試行の果てに、簡単なアナグラムがいとも簡単にデューク=アルゼ=ロートレックの正体を明らかにしてしまった。
だが、知りたくなんてなかった。
そして、下段にはCLAUDE A KREUTZER という綴り。
これが当てはまるのは、知っている限りでは一人しかいない。
この結果は、その名前の一部でしかないのだが。
クリストフの瞳の光がそれこそ光を放つことのない漆黒の瞳のように錯覚させるほどに翳っていく。

謎の人物の正体が自分の叔父、コルネリウス=C=A=クロイツァーだったなんて。
そんなこと、認めたくもなかったが、確かめなければならなかった。

そして、机の上に転がったペンが、先端から黒と見紛うようなダークブルーのどろりとしたインクを溢れさせていた。

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