No Title Phase:23

Phase:twenty-three

「さて、時間が来たね。……君の願いを叶えてあげよう、”ベアトリーチェ”…君の想いと引き換えに。—そして、踊ってもらおうか。彼に”暗闇で円舞曲”を」
薄い唇に薄い笑みを湛え、その唇から零された声には楽しそうな色だけだ。
“ベアトリーチェ”のものと全く同じ茶色の瞳には理知的な光と狂的な光が綯交ぜで浮かんでいて、独特の雰囲気を生み出していた。言ってみれば、この世界を創り出したとされる創造神のような。

何がこれから起きるかなんて、既に解り切ったことだと嗤ってみる。
なぜなら、それは…”waltz in the DARK”なんてものは、自分が持てるもの総てを使って、完全を目指して作り上げたウィルスという名のプログラムだから。

実行主体となる”人間”という名のプログラムはランダムで選んだ。
選ばれたのは、別にいてもいなくても構わない、平凡な…しかし、精神を病みかけている男。
制限時間は12時間。
実行すれば、”人間”は自ら死を選ぶように設定してある。
例え、”人間”がどれだけ生に執着していたとしても、望むように生きることは許さない。
それだけが、過去にあまりにも大きな過ちを犯した自分に唯一赦された道だ。
それさえ守れば自分は”ベアトリーチェ”によって救われるのだと信じきって。

だから、このプログラムを止める手立てはない。

意識の向かう先を未来にではなく、遥か彼方の過去へ向けてみる。
名声を得ようとするばかりに意地になって、失ったものはあまりにも多かった。
信頼、多くの人々、愛していた女性、異父弟たち、それから自分の肉体。
自分が気が付けば、大切なものばかりが両掌から既に零れ落ちてしまっていた。
その代わりに得たものは、このちっぽけで不完全な世界の集合体だけ。それに、涙であふれた瞳にどうしようもない怒りと後悔の念を抱いて、「それならば不完全な世界を完全な世界にする神として降臨してやろう」と泣きながら思った。
それから数え切れない年月が過ぎ、生物は進化を遂げ、”人間”は繁栄を始める。
遂に”人間”たちは宇宙に進出し、生命の操作にまで手を出した。

許せないと思った。

そして、挙句の果てに”人間”たちに自分の存在を悟られ、世界が自分の掌の中にあると気付かれ。対抗策としていくつもの計画を生み出されて、その末に生まれたのが…あの銀髪の青年とその双子の黒髪の姉。イレギュラー、という言葉がふさわしかった。
そこで自分は自分なりに計算をして、7年前あの世界に自分が嘗て愛していた女性によく似せた”ベアトリーチェ”を送り込んだ。あのイレギュラーな世界を終焉に導くために。

だが、イレギュラーな事はまた起こった。
彼女は青年を心の底から信頼してしまったのだ。愛してしまっていたのかもしれない。
また、その事実に自分はショックを受けた。それがきっかけで、あのウイルスを作ったのだった。あの青年が自分のウイルスの所為で死んでしまえばいいと心の底から憎んで。
それが、今。
あの世界に放たれる。
そう思うと、妙な快感にとらわれた。
「さぁ、始めよう」
誰もいないのに高らかに宣言して、最後の一行のプログラムを組んでエンターキーを押した。
□□
ちょうどその頃。
規律遵守が行き届いて誰もが寝てしまい、しんと静まっている深夜の軍内部におかれた兵舎で。
一人の男が目を覚ました。
彼はベッドからゆったりと身を起こしてから、ベッドを離れる。
どこか夢遊病者のようにふらふらと歩く彼の上半身には何も纏われていない。
椅子の背もたれにかかっていた己の制服を、アンダーウェアも着用せずに素肌の上から羽織る。
どんな色でも映えそうな純白の制服の布地が、部屋に唯一の窓から差し込む朧気な月光を受けてぼんやりと闇に浮かび上がった。
そして、制服のかかっていた椅子をどけて机の引き出しに手をかける。
夜ということと冬がきたのもあって、冷え込んだ空気に今まで晒されていたスチール製のデスクの冷たい感触が指先を介して伝わってきて、彼は少しだけ身を震わせる。

開かれた引き出しの中に手を突っ込んで、すぐに取り出したものは一丁の制式拳銃。
朧気ながら冴えた月光に照らされて鈍い光沢を放つ拳銃に彼はうっとりとした表情を浮かべ、それから弾倉にある弾丸の残量を確認し、補充する。それを何回か繰り返し、完全に補充した弾倉を己の太腿と脇腹にガムテープで固定していく。
「ヒカル=ヤサカ中尉、任務を遂行します。——神の名において」
最後に拳銃を右手に持ち、彼は自室を出て行った。
あまりにも虚ろで冷えた眼差しを、二度と帰れないであろう自室に残して。
□□
一応、規律にのっとって就寝していたクリストフは突如目を覚ました。
不穏な空気を敏感に感じ取ったのだ。
今までの人生経験のせいか何の抵抗も見せずに開いた瞳を軽く瞬かせて、今迄の経験上の癖で周囲に何か異変がないかをざっと確認する。特に何もなさそうだと判断したが、もう一度眠りにつけそうにもなく、彼は外の空気でも吸いに行こうとロングコートを、着ていたワイシャツの上から羽織った。そこそこ広い中庭に出て、大きく溜息をつく。
「ずいぶん冷え込んできたな」
誰にともなくそう零した。
…彼としてはそのつもりだったのだが、思わぬところから返事が返ってきた。
「ええ、そうですね。…眠れませんか、閣下?」
「…ああ、そうだな」
ゆったりとした口調でいて、意志の強さを内に秘めた声。
声の主は彼に近いようで遠い木の陰から現れた。彼女の茶色の髪に同じ色の瞳が、どこか神秘的にも感じられる朧気な月の光に背後から照らされてうっすらと金色に見える。
もはや、「誰だ」と聞くまでもなく、彼は肯定した。何気なしに空を見上げてみると、雲が月を覆い隠そうとしていた。
その光景に彼の心が、いや彼の中の誰もの心がざわついた。何かに極端に敏感な彼らがざわついたのだ。何かがあるのかもしれない。

長いようで短い付き合いの中で、悟ったことを思い出す。
「閣下は…」
「ん、なに?」
「…閣下は、もしこの世界が誰かの手によって作り上げられたものだとしたら…どうしますか?」
反射的に聞き返すと、彼女…レナスは問いかけてきた。
ただ、それは「何?」と気軽に聞き返せるような問いではなかった。一笑に付せるような問いでもなかった。
彼女の瞳はあくまでも真剣そのもので、彼は一瞬だけ気圧される。
「……この世界に神様が居るってことか?」
「ええ…そうだったら、閣下はどうなさいますか」
答えはきっと一つじゃないのだろう。だからなのか、彼は「どうにもしない」とだけ答えた。
それを聞いた彼女の顔が少しだけ訝しげになる。
何かをするのではないかと思っていたのだろうか?
「どういう事ですか?」
「別にどうするって言ったってどうにもならないさ。神様がどこにいるのかさえ分からないからな…まぁ、強いて一つだけ言わせてもらうとすれば…あまり世界に干渉するな、って事くらいか」
「干渉すべきではない、ですか」
「ああ、俺ができるのはそれくらいだろうな」
「では、もう一つだけ。…もし、私が神様の居場所を知っていたらどうしますか?」
「…………どういう事なんだ」
彼の表情は一気に険しくなった。
その直後、何かが弾けるような音がした。
彼と彼女は弾かれるように音のした方を見た。
「この音は制式拳銃、それも一丁だけだな…一体誰が」
「…行ってみますか?」
「ああ、その前に俺の銃を取ってくるが、レナスはどうする?」
「私は先に行かせていただきます」
「了解だ」
そして、目的の方向へそれぞれ駆け出した。

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