No Title Phase:32

Phase:thirty-two
side-G

全ては何時でも唐突だ。

突然鳴ったコール音に彼は作業をしていた手を止めて、固定電話のような形をした通信機の受話器を取った。発信元を見れば、それが星間通信である事が知れた。

発信者はテッサリア条約機構連盟国にいた。
「———なんじゃ、お主か」
『約束が違うぞ。彼を引き渡す約束だったではないか…それなのに何も寄越さないとは!』
受話器を耳にあてた途端、聞こえてきた抗議の声。
抗議というよりは愚痴のように聞こえなくもなかったが。

(…何じゃ、そんな事か。)

決して良い仲とは言えない相手。
それもそうだ、彼らは二手に分かれて戦争状態にあるのだから。
そういう状況だからこそ、約束が違うこともあるだろうに。

これは故意だが。
「ああ、そんな約束もあったかのう」
『彼の身柄引き渡しがなかったから…約束が反故されたから、我々は前回の戦闘でそちらの艦隊を撃破する破目にあってしまったではないか。我が軍にもかなりの戦死者が出た。——それは、そちらの責任だろう!!』
彼らは…テッサリア条約機構に加盟する者たちは概ね約束に煩い。
というよりは、いかなる状況においても約束を厳格に守ろうとする。
これだけならまだ何かしらの好意を覚えるのだが。
特に戦時下においては有利になるかもしれないとは思う。
だが、約束に厳格だからこそ約束を他者にも押しつける傾向が強い。
もし約束が守れなかった場合は、その責任が自分に非があるとは毛頭考えていないから責任をも他者に押し付ける。
場合によっては、プロパガンダに繋がるかもしれない。
そして国民が共感しあって、一致団結する。
何とも厄介な性質だ。

(厄介じゃな…いや…じゃからこそ、扱いやすくもあるのじゃがな)

やれやれ…と思いつつ、彼は口を開いた。
「…そうじゃ、これならどうだ?」
『………どういう条件だ?』
「奴は今手放せないのじゃ、だから奴のコピーをそちらへ送り込んでやる」
『それで、こちらに”ゲート”の新しい情報をよこせとでも?…それでは割に合わない。それをする位ならオリジナルである彼をよこしてもらいたいものだ』
やはり、テッサリア側は本音を漏らしつつ文句を垂れてきた。
要は、”ゲート”の情報を渡す代わりにオリジナルをよこせ、と言う事。
そこで彼は用意していた言葉を放つ。
念の為の切り札の一つとして用意していたのだ。
「——コピーを2体…といったらどうするかの?」
『……む、そちらには彼のコピーは何体いるのか、聞いてもよいか?』
テッサリア側はちょっと戸惑ったように呻いて、それから問いかけてきた。
少しずつ食いついてきたようだ。
見えてきた確信に、もう少しじゃ、と声を漏らさないように喉を震わせる。
「それ位は構わぬよ。コピーは確か4体じゃ………確か、な」
『ふむ。まあ、半分貰えるのなら良しとするか……後々情報を渡そう、それで良いか?』
勿論、今度も約束を守ってはやらない。
約束を順守するように見せかけては片っ端から反故していってテッサリア側を散々怒らせたうえで、完膚なきまでに叩き潰す。
感情をコントロールできなくなった相手など潰すのは容易い。
テッサリア人の性質があるからこそできること。

コピーも、情報もこちらの手中に収める。オリジナルは言うまでもないが。
それら全てを決して手放しはしない。
そして自分たちだけが”鍵”で開いたゲートをくぐって生き残る。
そのためには何だってする。

それが自分なりのタクティクス。
タクティクス通りでなくては面白くない。
神など知ったことか。
「それで良い。———では、今度はきちんと守ろう」
そうして本音を隠して、偽りだけを口にして通信を切った。
静まり返った部屋で彼は勝ち誇った笑みを浮かべる。
脳裏に浮かぶのは、”鍵”である青年の顔と彼の改変コピーたちの顔。それらがぐるぐる回っては消えていく。
銀河系の中心部、オーパーツとされるゲートのある惑星ルヴナンに出向いた研究者によって伝えられた世界の終焉の予告。
それはこの銀河系に大きな衝撃をもたらした。そうして生まれた、現段階では唯一の回避策。おまけに遺伝子改造や薬物投与実験などによって様々な能力を付け足した生体兵器でもある彼らの存在はこの銀河に存在するあらゆる国家が欲しがるだろう。
もし、自分がそちら側の人間であったとしたら、いかなる手段を用いてでも手に入れたいと願うだろう。
生き残りたいと願うのは、生物が生まれ持つ本能だ。
うっかりして手放す事が無い様に、わざと前線部隊ではなく比較的監視しやすい直属の特殊任務部隊に集めていた彼ら。
彼らはまるで籠の中の鳥のようであり、自分はその飼い主のようだ。

それは別に間違ってはいない、と思う。むしろ相応しい。
筋書き通りに事は運んで行く。全ては自分の掌の上で転がされているのだ。まさしく、神が如く。
「奴もまっこと人気者になったのう…じゃが、生き残るのは他の誰でもない…儂らじゃ!!」
部屋中に彼の高笑いが広がった。
頭の中には果てしない未来図を描いていた。
□□
「さて、あやつにもそろそろ奴を返して貰わなければな。———そうじゃ、いいことを思いついた」
にたりとそれはもう不気味に笑った彼は紙にさらさらと何かを書きつけ、側近に手渡した。
側近はそれを受取って文字を流し読む。
「その内容をお前の緊急任務とする。良いな?」
「了解しました、閣下」
側近は敬礼をしてその場を立ち去っていく。
彼はその場に留まって、窓から外を見やる。
朝方は綺麗に晴れていたというのに、今では太陽さえ拝めそうにない。
見事なまでの曇天と化していた。
「ふむ、奴の力を見せてもらいたいものじゃな。我らの希望となる奇跡の力を…そして、この暗雲を、闇を晴らすのじゃ」
この世界の我らだけに未来という光を。
その為の計画、After Apocalypse。
タクティクス通りにいけばそれは実現される。
ほくそ笑みながら、まもなく実現すると確信しているのだった。
□□
side-A
降り出した雨を窓越しに見て、自室にいた彼女は不安げな表情を浮かべる。
奇妙なざわめきが胸をかき乱していく。
それに呼応するかのように、一瞬だけおぼろげなヴィジョンが脳裏をよぎる。
最初は砂嵐、次第に映像が結ばれていく。
そして、見えたものは。
「——ああ、嫌な予感がします。誰かの筋書き通りに動かされていく世界が、いずれやってくる破滅の未来が見えて仕方がありません」
彼女は一つ息をついて続ける。
誰にも聞こえないような小さな声で。
「———————」
誓いと祈りをひたすら口にした。
その時に、耳に掛けていた黒髪がさらりと零れおちていく。
自身のその髪の色彩を見て、まるであの人みたいだ、と彼女は思った。
何故なら、彼女はあの人のコピーでよく似た髪色をしているから。
今はどういうわけかあの人の髪の色は変わってしまったけれど。
コピー、という響きに複雑な感情を覚えるが、別にオリジナルを恨んでなどいない。
むしろ、生を与えてくれた事に感謝している。

オリジナルがいなければ、彼女の存在はあり得なかった。
彼女にとって、オリジナルは奇跡の象徴だった。

ただ、そのオリジナルが持ち得なかった、忌々しい能力がコピーである彼女の中にある。
彼女が密かに持っている能力は未来視。
未来に起こるだろう事をそのままに彼女に指し示す、いわば奇跡のような無色透明な力。
忌々しさをも感じるその能力のお陰で比較的的確な判断ができるのには助けられていた。だが今回、その忌々しくもある力は混沌とした未来しか彼女に見せなかった。
ちょうど、彼女が今見ていた雨が降り出す直前の曇天のような。

誰かのタクティクスが無残に打ち砕かれた後の混沌とした未来だけを。

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