ひらひらとクリストフは手を振ってレナスを見送った。
「…君は隊長だ。その分、責任は重い。君は俺の優秀な副官だった。俺がやっていた仕事を良く見ていたから、大丈夫だと俺は信じている。そう、君が隊長だ。一方で俺はもう隊長でも何でもない、ただの脱走兵だ。裁きを受ける必要がある」
閉じたばかりの扉に目をやった。
そして確信をもって言い放った。
「いるんだろう、イングラム」
扉が開いた。その先に立っていたのはイングラム=ナイトレイ。
クリストフが知っていたころよりは幾分痩せているようだったが、健在そうだ。
懐かしい人懐っこい笑みを湛えていた。机に備え付けられている椅子に彼は腰掛けて話を続けた。
「やっぱり分かるものなんだねえ。ともあれおかえり、シュトッフェル」
「——ただいま、というべきなんだろうな」
「うん、そうかもね。ともかくこれで僕もお役御免かな?」
「そうだな、イヴリンは消えた。レナスはもう”導く”という役目に縛られることもないだろう。クラウス=ローエングリンは結局何もしなかった。ただ、君がいたという事実は消せなくなってしまった…」
「いいんだよ、そんな事。僕は僕でまだやることがあるって分かったんだ」
「やる事、か」
イングラムは鼻歌でも歌いそうな勢いで機嫌がいい。
これでやる事の1つが終わったのだから、上機嫌にもなるだろう。
「そうなんだ。まずヒカルの墓に参りに行くんだ。結局あいつとは話せずじまいだったから、今度こそは話を聞かなくちゃ」
「俺も行かなくてはな」
「あいつ、賑やかなのが好きだから2人の方がきっと喜ぶんじゃないかなあ」
「———そうだな」
ヒカルの墓参り、か。
軍で出会ったあの時は狂気の片鱗を見せつけられて恐ろしくもあったが、今となってはあの底抜けに明るかったアカデミー時代の彼を想像しやすい。
それならば、今までにあった話をしても面白がって聞いてくれそうな気もする。
「それから、レナス大佐の補佐官もしなくちゃ。君がいない間、士気がガタ落ちで大変だったんだから…。まあ今後は大丈夫でしょ、以前のバリバリ仕事をこなす隊長になっていくはず」
「俺がいない間、士気がガタ落ちした…?」
「そうだよ、一部を除いて大佐以下みんな使い物にならないからさ。ちょっと大佐に愚痴吐いちゃったけれど、大佐でなくても済む仕事は全部僕が片付けたよ。あとは大佐と協力関係を結んで、大佐は君の奪還作戦で僕は日常業務をすべて引き受けた」
「迷惑をかけたな」
「済んだことだからもういいよ。——それで、どうなった?」
自分がいない間はとんでもない事態になっていたようだ。
それでもこの部隊が潰れていなかったのは、イングラムの功績によるものが大きかっただろう。
過労死寸前だったんだから、と冗談めかしく話す彼が痩せていたのも納得できる。
「さっきも言ったがイヴリンは消滅した。だから、レナスもクラウス=ローエングリンもお役御免だ」
「そっかそっか、カミサマが消えたのならいうことはないね。個人的に消えてほしいものNo.1だったし」
「No.2以下もあるのか?」
「あるよ。この組織の上層部…だったんだけど、君の失踪で色々極秘計画やらが表に出ちゃって裁判にかけられてあとはお察しかな」
「そうか」
そんなことを話し、簡単に現体制の説明をイングラムより受ける。
かつてよりだいぶ緩やかな体制になったような感じがした。
というより、独裁に近い旧体制が異常だったのか。
「そうだ、君は捜索対象になっているんだった。ちょっと元帥とか君のお爺さんみたいな上の人たちと話をしてきたらどう?」
「………そうだな」
「我ながら無謀だけど、ちょっと上層部と掛け合ってみたんだ。あくまでも特殊任務部隊隊長補佐官としてね。上層部も”悪いようにはしない”とは言ってくれたから、今後に関してはあんまり心配しなくてもいいんじゃないかなあ」
「本当に新しい上層部なら、な」
「シュナイダー事務局長が”なんとかしてみる”とも言ってた」
「あの爺様が?」
「そのジトっとした目は止めなよ、一応君のお爺さんでしょ」
「”一応”は余計だがな。では行って来る」
「いってらっしゃい」
イングラムに見送られて私室を出た。
□□
「———で、どうだった?」
元帥との面会から隊長私室へ帰ってきて、そこにいたイングラムに会うとすぐにそう聞かれた。
その瞳は好奇心に満ち溢れている。
「それがどういうつもりなのか、俺を生かす気らしい」
「今の元帥は元々、君のお爺さんのご友人でいらっしゃるそうだよ」
「あの爺様の友人だって?」
「確定ではないけれどそうらしいよ。それはともかく、脱走兵扱いはしない事になっている筈。お爺さんがなんとかした筈だったから」
「あの爺様が?それはないな」
あの爺様には碌な思い出がない。大体自分の娘だって、ネームバリュー第一でクロイツァー家に嫁がせたじゃないか。
一応孫には当たるのだが遊んでもらった記憶もないし、ENFORCER projectには強制的に参加させられている。
そんな孫のために何かするような人間じゃない。
大方シュナイダー家とクロイツァー家の面目を保つためじゃないのか。
そんなことをクリストフが言えば、イングラムはあちゃーといわんばかりの顔をした。
「どれだけ君はシュナイダー事務局長の事を嫌っているんだよ…」
「………そうだ、それで今後の処遇が発表された」
「どう?」
「極秘任務に行っていた事にするから無罪放免、だとさ。自分の事だけど処分が甘いな…」
「やっぱり、上層部はうまくやってくれたみたいだね」
無謀だと思いつつも上層部に掛け合った甲斐があったというものだ。
元々は脱走兵扱いが極秘任務遂行中の身になり、遂には無罪放免。つまりは何の罰も科せられないという。
それならむしろ喜ばしいではないか。これで彼もお役御免ってことで、僕の周りはなんとなく幸せになりそうだ。
「まあ、処遇については詳しい事を言うと長くなるから、結論を言おうか。今度、退役することになった」
「…退役か。いつ?」
「明後日付けだな。すごく中途半端な時期だが」
「また急だよね」
「そうだな。これで、俺もここでの存在意義がなくなった。……ほっとしているよ」
そういったシュトッフェルは本当に安堵したようだった。
もう重圧を背負うこともポーカーフェイスもかぶる必要もなくなるからかもしれない。
「そうだよね、お疲れ様だったね。極秘任務遂行って具体的にはどんな?」
「……未知の領域偵察、みたいな感じだったかな」
「ディレクターズ=エリアは…あながち間違いじゃないよね」
「まあな。とは言っても半分死んでいたし囚われの身だったしで任務としては失敗だろう。そこを鑑みてこれ以上ここにいても仕方ないと判断されたんだろうな」
それ以外にももっと何かがありそうな気もしていたが、それをここで言うのもどうかと思うのでイングラムは黙っておいた。”ゲートキー”より派生した能力を持っていて、かなり強力な生物兵器たりえそうな性能をも持つシュトッフェルを手放す決断をしたのは間違い無く現上層部なのだ。
その辺はシュトッフェルも分かっていて言わないだけかもしれない。
「これからどうするんだい?」
「あまりよく考えていないが、テトラリスに旅行がてら行ってみようかと思う」
「お姉さんに会いに?」
「そうだな、彼女はテトラリス王族だから一目見るだけでもいい。そうしたら地球に帰ってくるさ」
「いいじゃない、行ってきなよ。あ、僕とヒカルの分のお土産よろしくね」
「そうだな」
荷物の片付けを手伝っていたが、あっという間に済んでしまった。ものがほとんどなかったのだ。
レナス大佐のためにと掃除をし、ベッドのシーツも張り替えるということまで余裕でできてしまった。
「こんなものでしょ」
「そうだな」
「ちょっと散歩でもしてきたら?眠そうだよ」
「……そうか。そうさせてもらおう」
そろそろレナス大佐も仕事が終わるだろう。
ちょっと吃驚させてみようと思った。
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