No Title Phase:40

Phase:forty

『……?』
何か違和感がする。
理性を蝕んでいた闇の勢いが急激に失せた。消えてゆく鈍い痛み。
無意識のうちに何かを確かめるかのように、頭に手を当てた。
『見てみろよ…あいつ、最後に奇跡を起こしていきやがった』
『………っ!』
驚いたようなガブリエルの声に辺りを見回す。そして、はっと息を呑んだ。
先程見た時には黒が背景色だった。
それが、今となっては深く澄んだ青を湛えている。
驚きのあまりに、ため息さえ出ない。
ガブリエルが何か分かったかのようにああ、と呟いた。
『ようやく色付いたな。闇の奥にあったのはダークブルーに似たプルシアンブルー…この色が本来のお前の色だ。眼の色と同じ色だな』
『…………ああ…そうだな』
ガブリエルの言葉に、クリストフはなんとか声を出して同意する。
すると、筋を描くように何かが頬を落ちていく感触。それに手をやると、わずかに濡れた。
俺は泣いていた、のか?
また涙が1粒自然に零れ落ちた。
ああ。ようやく息が漏れた。いつの間に俺は泣く事を止め、いつの間に泣く事を思い出したのだろう。
それは分からないけれど、過去の痛みに時計の針を狂わされているのに今気付いた。
ルイと約束したように、これ以上は何かに負ける事はできない。例え、相手が自分の過去であろうと。
何時までもずるずると引き摺っていては駄目なのだ。狂った時計の針を取り戻して、少しずつでも動かさなければいけない。
『もうそろそろ、時間だろう?』
『そうだな』
不意に聞こえた声に慌てて、ほったらかしにしていたままの涙を拭う。
それを見ていたガブリエルが笑って、『折角綺麗な色を持ってるんだから、もう濁らせるなよ』と言った。
それから『行ってこい』と力強く背中を押す。
過去が重なる。本当に、在りし日の父さんみたいだ。
それに泣きそうになるのを堪える。いつから涙もろくなったんだろう。
彼に背を向けてゆっくりと歩きだす。しばらく歩いて足を止めると、目を閉じて意識を集中させた。

————俺は、そこにいる。
□□
どうやら戻るタイミングは良かったらしい(…最悪とも言うが)。
目を開けると視界に入ってくるのは、軍用車の列。一列に並ぶ軍人たち。背後には白い建物があり、それは研究所だった。
尾行していた方はまだ追いつかないらしいが、第112陸戦部隊による「クリストフ=N=L=クロイツァーの捕獲」という名のお出迎えだ。『こんなに現実に戻ってくるのが遅くなるとは思いもしなかったが』と思いながら運転手を見やると、彼は動かずにハンドルをきつく握ったままでいた。その手は小刻みに震えている。多分、彼が最も恐れているのは上官リーの制裁。
第112陸戦部隊で裏切った者にはリーによる厳しい制裁が待っていると聞いたことがある。彼らの妙な団結力はその賜物なのだろうか。

窓の外を睨みつける叔父には車を降りないように言い、自分は車を降りる。
降りてきた車のドアの脇に立ち、怜悧な笑みを向けて言い放った。
「さて、通してもらえるかな?」
もちろん、そう簡単にこんな言葉で通してもらえるとは思っていない。
将校の権力を引き合いに出しても、返事として返ってくるのは「元帥からの命令」だろうから、権力はいまいち役に立たない。
ならば、残るは実力行使のみ。
慣れたように頭で計算を始める。何度も計算結果を組み立てていく。
実力行使の行い方。立ち回り。考えられる限りのあらゆる種類、パターンを網羅する。
——大丈夫、いける。

陸戦部隊が包囲網を形成する。
その移動速度はなかなかのもので、そこまで仕上げるのにどれくらいかかっただろうか。
リーの制裁の賜物かもしれない、と密かにシェルトン=リーを褒めてやる。これで彼に潰しがいがある事だけははっきりした。
いや、もうある程度は潰れているか。リーの裏取引については彼女がマスコミに漏洩させただろうから。
「ここまで本人が来てたらもっと褒めてやれるんだがな——まぁいい」
陸戦部隊が波のように押し寄せてくる。
そんな大人数で捕獲しなくてもいいだろうにと思うが、どうせ俺の事を危険人物だと教えられているんだろう。
そこまで考えると、口角を吊り上げて彼らを見据えた。車のボディに背を預け、彼らが接近するのを待つ。

威嚇射撃のつもりなのか、どこからか弾丸が飛んできた。
兵士は皆、フェイクのようにサブマシンガンなり拳銃なりをこちらに向けている。
弾丸の種類と位置と速度から飛んできた方向と銃の種類、弾丸の軌道を計算する。
大丈夫、当たらない。背を預けた車のボディにもかすりはしない。

最前列の部隊が手を伸ばせば届くほどまで近くに迫った。
行動開始としようか。

正面の兵士に最初の攻撃の狙いを定める。
接触予想時間まで、あと3秒。
2秒。
1秒。
0秒。

兵士がクリストフの肩を掴もうとした瞬間に隙が生まれた。
それを見逃さずに、そこに素早い中段の蹴りをサイドから叩き込んだ。その刹那にシッという音を立てて息が漏れる。
「——ぐっ!!」
時間が止まるような感覚がした後、兵士の体が一瞬地面から浮きあがる。
思ったよりも吹っ飛んだかも、とクリストフは思う。
蹴り飛ばした体が放物線を描いて地に沈む。
一連の出来事の後、部隊は動きを止める。

蹴った側は蹴りに使った足を、円を描くようにして地面の上に戻す。それから彼は微笑んだ。
澄んだ青い瞳が、口角を吊り上げた唇が更に歪んだ。
「——触るな、下衆が」
だが、放たれた言葉は冷酷だった。
くるりと背を向けて、予備動作もなく車のトランクの部分に飛び移る。着地の際に大きく鈍い音を立てて、車が揺れる。
そして、兵士が少ないと判断した方へ飛び降りる。
着地の衝撃を膝を曲げることで殺し、直後に駆け出す。躊躇う時間などない。
行く手を邪魔しようと兵士が寄ってくる。確かに邪魔なので、足を止めざるを得ない。
どうせ威嚇射撃で発砲されたのだから、銃を向けられたのなら、と懐の銃を取り出す。
二丁ある。自分がもともと所持している銃と運転手から奪った制式銃だ。
そのそれぞれを両手に持ち、同時に向かって正面に突き付ける。
「寄るな、豚野郎ども」
1発の発砲音が響いた。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA