No Title Phase:01

Phase:one

心地よい陽だまりの中、一本の電話が鳴った。
彼は端末の画面上に表示されている書類に向けていた目をそちらに向け、何かを書いていた手を止める。それから一度だけ大きく伸びをして受話器を取った。
「こちら、特殊任務部隊隊長執務室。クリストフ=N=L=クロイツァー少将だ」
その言葉を発したのは、怜悧でどことなく険しい顔をしているが、外見からすると20歳を2,3年過ぎたくらいの青年だった。聞き手が心地良さを感じる声が部屋に響く。彼は用件を聞いて相槌をうちながら、画面に再び視線を移す。
画面に映る書類は月間累積殉職者数とその推移。
その内容はただ単調で文字と死亡者数を示す数字しか並んでいなかったが、それも見慣れたもので嫌気すら呼び起こしてくる。
だからこそ、思う。こんな有様だから「死」というものが現在の自分から、あまりにもかけ離れているようだと。現に、今でさえ人が死んだという感覚が起きないのだ。
「…分かった。すぐに行く」
簡単にそう答えながら、端末の電源を落として受話器を置いた。
もうあんな単調な、死者の数が淡々と綴られた書類など見たくもなかった。
□□
靴音を廊下に響かせて、歩く。
軍の施設は何処でも白一色で纏められており、「統一感がある」と言えば聞こえはいい。悪く言えば「単調で飽きる」。
白い壁に透明なガラス窓こそ付いているが、窓をつけた方角が悪いのか大して光も入らず、もはや意味をなしそうにない。いや、色を持っている窓の外の景色が見え、白と対比してその色彩の鮮やかさを感じられるところにだけ唯一の意味を見いだせる気がする。

不意に考える。
この施設は途轍もなく白く巨大な檻、あるいは迷宮なのかもしれない。そして、自分は此処に迷い込んだイレギュラーな存在、もしくは此処に閉じ込められた存在。だが、昔の神話にあるような、その道標になりそうなものはない。大して長くもない廊下がこのまま続いていきそうな錯覚さえ覚えた。
やがて廊下を歩き続けると人工的な蛍光灯の光の中に佇む人が見えてくる。
何処にでもいそうな30代くらいの兵士、とはいえ自分の部下だ。

(…そういえば、正装は白を基調にしているんだったか。)

柄にもなく、そんなことを思い出した。
白い施設。白い内装。白い正装。
白を、軍が純粋で高潔な意志の集合体を表す色として前面に押し出す、この地球連邦軍という組織。白は恐らく、自分が最も似合わない色だ。

(俺はそんなに純粋でも高潔でもない。)

辺りを見回せば、本当に何もかもが白い。本当に嫌気がさしてくる。
その中で唯一救いなのは、彼の髪色も自分の髪色も、纏う制服も白ではないということだ。今彼が纏う制服も、自分が纏っている制服も正装ではないので、黒をベースとしたモノトーンなロングコートにシャツにネクタイだ。
「待たせたね」
考えている事を悟られないように微かに微笑んで、簡単な敬礼をした。
視界に入る、自らの銀色がかった黒髪が微かに揺れる。髪の毛が伸びたな、と思った。
最近どうも、髪の毛の色が抜けている。もう白髪、なんてことは無いだろうに。
待ち人は彼とは対照的に、短く整えられたダークブラウンの頭が動かないように、きちんとした敬礼を返した。
「閣下。…閣下にお会いしたいという方がおいでです」
「閣下」と呼ばれて、微かに目を細める。この、異質さを感じる組織内で唯一呼ばれ慣れた呼び方。
だが、ひっかかるものもあった。
「ん?……誰だ?」
告げられたのは自分が知らなかった事で、知らず知らずのうちに口調が荒くなりそうになる。
これは自分、いや、自分の中にいる奴の悪い癖だ。
普段は抑え込んでいるはずの、知らない事があると苛立って口調が荒くなってしまうと自認する奴の。その奴曰く、知らない事にぶち当たると口調が荒くなるという癖は軍のアカデミー時代の特に親しかった友人の影響をもろに受けたものらしいが。そう言えば、と「アカデミー」という言葉で連想する。
アカデミーのクラスメイトはどうしているだろうか。
無事に生きていればいいとそれなりに思うのだが、軍に籍を置いている以上それは叶わないのだろう。いつ死ぬかは、上層部と敵次第だ。

深呼吸をすることで、何とか気持ちを切り替える。
だが、そんな気持ちはすぐには切り替わってはくれない。
結局は引き摺りつつ会話を続けようと試みた。
「これをお見せすれば誰だか分かると」
「何だ……って、あぁ……」
そして、そんな彼は溜息を一つだけついて、兵士の手の中にあるものをひょいと摘み上げる。
繊細で細い銀色の鎖の先で、揺れる銀色の指輪。致命的な傷は付いていないが、鎖の細さに似つかわしくない指輪だと思った。
若干大き目で、明らかに男物だと思われるからだ。しかし、その繊細さという点では似つかわしいものなのかもしれない、などと勝手に考えた。

指輪は光に反射して、きらりと光沢を放つ。
それは、ただの銀メッキとかいった安っぽい物が放つようなものではなく、銀とかプラチナといった貴金属が放つものである事が一瞥して分かる。青年の深い青色—もうダークブルーに近い灰色といっても差し支えない—の瞳がその指輪を映し込み、動揺でかすかに揺れる。というのも、指輪の内側に鮮明に刻まれていた文字が見えたのだ。

青年にとって、あまりにも見慣れた文字の羅列があった。
それを理解したのか無意識のうちに、青年は微かに目を見開いて胸元の制服を掴む。
その下にあるものを掴もうとしたのだ。
“ETERNAL LOVE…WERNER & EVANGELINE & CHRISTIANE & CHRISTOPH”
今はもういない家族たちの名前。
永遠の愛を誓う者たちが、そこにはいた。
この指輪に名前が刻まれている彼は勿論これと同じ、サイズ違いの指輪を持っている。
さっき掴もうとしたものだ。
自身の分はサイズが合わないために、17年前に死んだという死んだ母親の分と一緒に銀色の鎖に通して、首にかけている。指輪が彼の子供の頃のサイズに合わせて作られているものだから、サイズが合わないというのは当然と言えば当然だ。
そう言えば、父親も似たようにしていた。鎖に通す指輪は自分自身の分だけだったけれど。

まさか「あの人」がこんな指輪を持っているなんて、と青年は心中で一人嘆息する。
最後の肉親のうちの一人が彼の5歳の誕生日祝い指輪を持っているなんて思いもしなかった。
それでも、「まあ、当然か」とも思っていたりもする。大方、父親が戦地に赴く前に—戦死する直前に預けて行ったものだったのだろう。
あの人がまだ「正常」な状態であった時に。
「あぁ、『今行くから、もう少しだけ待っていてくれ』と伝えておいてくれ。—俺の大事な客だからすぐにね」
しばらく指輪を見つめた後、青年は不意に悪戯めいた笑みを浮かべた。
兵士の虚を衝いて、彼の手の中にあったものを自分の首にかけてそのまま歩いていく。
「クロイツァー閣下!どちらに行かれるんですか!?それは預かり物なんですよ!!」
「別にどこだっていいじゃないか。…それに言っておくが、これは本来なら俺の父親の物だし。だから、こういうのに関しても相続権を持ってるのは俺なんだけどね」
他人から預かったものを取られてということもあるだろうが、本気で慌て、追いかけてくる兵士に対し。今度は「クロイツァー閣下」と呼ばれた青年は首に掛けたばかりの銀の鎖を摘みあげ、実に憮然としたというか、素っ気ない答えを返すだけだったが、その言葉とは裏腹に顔には笑みを浮かべていた。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA