No Title Chapter of Lenneth: 01

 

「——おはよう、”ベアトリーチェ”」

 

私はその声で目覚めた。
なんて優しい声なのだろうと、生まれて初めてその声を聞いた時は思った。

長い間を彼と共に過ごした。
そして学んだ。
私はベアトリーチェ=クルティス。
そして彼はイヴリン=フェレス。私の父親であり、私の恋人だと。
彼の与える微笑みと束の間の快楽。
自分の義務。役割。忠誠。使命感。
いずれに対しても疑いはしなかった。
なぜなら、私は必要とされている、と分かっていたから。

 

□□

 

「——そうだ、地球という惑星に勉強しに行ってみてはどうかな。僕らが作りたい世界の為には、そこでの勉強が大切なんだ。」

 

私の首筋に唇を落としながら、彼はぞくりとするような声で囁いた。
私は首筋に与えられる感触に機械的に身じろぎして小さく声を漏らし、疑いもせずに「行きます」と言った。すると、彼は本当に嬉しそうに笑って言った。

 

「——それがいい。ならば、”ベアトリーチェ”…君にはきちんとした名前をあげよう。
そうだな…”レナス=ベアトリクス=アーヴィング”というのはどうかな?地球で公用語となっている言葉で名前を考えてみたんだけど、君は気に入るかな?」

 

私はベアトリーチェ=クルティスではなかったの?
だけど確か、私は「ええ、イヴリン」と笑って答えてみせた。
自分を生み出した彼を親だと思い、尊敬しているのだから、反抗することなどない。
何か良く分からない感情は胸の中にしまっておく。
そして、彼は何処か満足げにしながら私から離れて、機械を弄った。
私はその間、何も着ていない状態でほおっておかれた。

 

暫くした後。

 

「君の居場所は用意しておいた。行っておいで、———」

 

君の勉強した成果を見るのを楽しみにしているよ。
私が服を着るのを観察しながらそう囁き、そして見送る彼の言葉を最後まで聞けずに、私は地球という星の何処かへと転送された。

 

□□

 

そして、私はここで目を開く。

今までいたところと、全然違うところだった。
何もかもが興味の対象になる。

此処が地球なのか。
なんて明るいところなのだろう。あれ、なんであの人の髪は金色なのだろう。
それに、なんであの人の目は青いのだろう。あの人は肌が黒い、どうして?
みんな、良く分からない事を言っている。

彼女は、今までは彼しか見た事の無い赤ん坊同然だったのだ。

 

□□

 

彼が用意していてくれたらしい、沢山の紙切れと小さな金属の円盤。
そして、彼女の写真の入った”PASSPORT”と書かれたもの。
時折聞こえる、彼の声。

その両方に助けられた彼女はホテルに泊まってみたり、外で食事をとったり街中を歩いてみたり、街から街へあるいてみたりして、少しずつ着実に知識を蓄積していった。

そして何年か経った今、彼女は航空機と呼ばれるものの中にいた。

だんだん高度を上げていく窓から、下を見下ろす。
つい先ほどまでいたところがあんなに小さい。私はなんて小さい処にいたのだろう。
そんな小さなところにいることのできる人間というものはなんて小さな存在なのだろう。
そして、この地球はなんて大きいのか。きっと、この地球をその腕に抱く宇宙は考えきれないくらい大きいのだろう。
私の隣の席に座る黒色人種の男性は褐色の肌をしている。大地みたいで綺麗な色。
下に見える海の色は深い青。引き込まれそうな綺麗な色。その青が太陽の光を受けて、まぶしく、しかし美しく光る。
ビルがたくさん生えた大地とは全然違う色で面白い。
飛行機の高度が最高点に達したというアナウンスが聞こえてきた。
窓の外に広がる雲の上の景色。その空の色は明るい青。海とは違う青で綺麗な色。

そうして私は何か月もかけて、世界を何度も巡った。
その中で新しい感動を覚えるたび、私は思う——ああ、世界はなんて綺麗なのだろう!
無駄なものは、きっと何一つないのだ。

 

□□

 

地球に来てから数カ月たったある日。
彼が言った。

 

“君にはね、ある場所に行ってもらいたいんだ。そこで勉強するのも大切だよ”
「どこですか」
“地球連邦軍本部、って言って分かる?”
「はい。でも、なぜ軍に?」

 

軍に行け?
…何故、私は軍で勉強をする必要があるのだろう。
私は士官学校のようなものに通った事もないから、軍で必要な事を何も知らないのに。

 

“勉強しながらでいいから、君に見張っていてほしい奴がいるんだ”
「誰ですか」
“クリストフ=ノイエン=レオンハルト=クロイツァー”
「クリストフ=ノイエン=レオンハルト=クロイツァー…?」
“そう。黒髪で濃い青い目をしてて背が高い奴さ、そいつの動向を時折でいいから僕に教えてほしいんだ。彼は僕にとって危険だからね”
「危険…ですか」
“うん、でもそれは君が知らなくてもいいことだ。…あ、軍での身分証明書はポケットに入れているからいざとなったらそれを使って”
「…はい」

 

彼が危険だという人物が危険と言われることに疑問を感じはしたが、そこまで言われては追及のしようが無い。
彼の言う通り、軍に行くしかない。
これ以上疑問を感じては駄目だ。

軍に行く前日、本部近くのホテルで宿泊した。
食事をとる気力も起きず、そのまま寝てしまった。

 

□□

 

クリストフ=ノイエン=レオンハルト=クロイツァーという名前の人を私に見張らせて、あの人は私に何をさせたいのだろう。
そもそも、あの人は何をしたいの?あの人が嘗て私に語ったことには、何か他の意味があるような気がした。
だけど、駄目。疑惑を持っては駄目。あの人のために私は私のやることをやると決めたのだから、こんなもの切り捨ててやらなくては駄目。あの人が私の全て、なのだから。