どういう事だろう、これは。
私は訝った。
起床と同時に、頭の中に軍事的な知識がたくさん入っているのに気が付いた。
軍法の条文。
現在の軍のトップ。
軍の組織構成等々。
それらが写真のように頭に浮かぶ。
身分証明書を持ったのを確認して、私はホテルをチェックアウトした。
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身分証明書を見せた時から、環境が著しく変わった。
民間人に接する態度から軍人の、それも上官に対する態度へ。
どうやら、彼らの話では私は条件の厳しい部隊へ引き抜かれる事になっているらしい。そして、私は着慣れない真新しい軍服を身に纏い、私の階級よりも上であろう人に連れられて廊下を歩いていた。
「アーヴィング大尉。新たに君の上官となる方を紹介しよう」
私は大尉だそうだ。
偉い身分の人が、私を奴の部下にして、そして今日私を奴と引き合わせることにしたらしい。…私が奴の部下?ならば、情報収集はかなりやりやすい。
不意に、偉い人が一つの部屋の前で足をとめた。
おのずと私の足も止まる。
「この部屋にいらっしゃるそうだ。閣下、ナイトレイです。大尉をお連れしました」
“ああ、どうぞ”
ナイトレイという偉い人の声に対して返ってきた声は意外にも高い。
…名前からして、奴は女ではなかったはずだが。
そして、ドアのロックが解除される音がした。
「失礼します」
ナイトレイと呼ばれた人が足を踏み入れる。
彼がドアにぶつかる寸前でドアが開く。
目を伏せつつ、私も彼に続く。
「ナイトレイ大尉、お疲れ様でした」
「いえ、閣下お気になさらずとも」
「そちらが、アーヴィング大尉ですか」
「はい」
そこでようやく私は視線を前に向ける。
第一印象は、どこにでもいそうな普通の人。良い意味でも悪い意味でも。
どう見ても軍人という雰囲気でもない。
ぱっと見た感じでは奴が危険だとさえ思えない。
外見年齢は20歳になるかならないか。実年齢も私よりも若いだろう。
髪の毛の色は黒というよりは、濃灰色…いや、既にシルバーグレイのような色合いだ。
何故か、あの人が言っていた特徴と若干違うが、それはそれで良しとしよう。彼が奴であることはこのナイトレイと言う人が証明するだろうから。
目の色はあの人が言っていた通り、濃い青。この色は確か、ダークブルーともいうのだっただろうか、プルシアンブルーだったか微妙な色合いだ。その色はこの間見た、海の色に似ている綺麗な色。その眼差しは優しい。
けれど、何か寂しさのようなものを微かに感じた。…あの人の目に似ている。恐らく私にも。
不意に立ち上がった奴の目測での身長は185cm以上190cm以下。
左耳に銀色の小さなプレートのようなものが揺れている。あ、ピアスか。
顔立ちは、何というか中性的で整っている。
女性の格好をしても案外似合うんじゃないだろうか。…身長が高すぎるが。
骨格としては、ナイトレイという人に比べれば華奢な印象さえ持つ。
「初めまして、アーヴィング大尉。今日付けであなたの上官となるクリストフ=クロイツァーです。階級は少将です」
与えられたイヴリンの知識を引っ張り出す。
少将…准将という階級がない場合は将官の中では一番下だが、全体的な階級でいえば、かなり上の階級だ。こんな、そこらの街中にでもいそうな人が将軍だなんて意外だ。…やはり、奴は危険なのだろうか。
「初にお目にかかります。私はレナス=アーヴィング大尉であります。精一杯働かせていただきますので、ご指導のほど宜しくお願いいたします」
「こちらこそ。私の方も着任して間もないので、上司であるこちらがミスをする可能性を否定できません。ミスに気付かれたらすぐにご報告をお願いします」
彼はちょっと変わっていた。
通常であればここで敬礼をするものだと思っていたが、彼は私に手を差し伸べたのだ。
握手を求めているらしい。その手を握り返す。その手自体は繊細そうに見えるのに、いざ握ってみるとかなり硬かった。マメなどでこうなったのだろうか。
「あー、アーヴィング大尉?」
私をここへ連れてきたナイトレイという人が申し訳なさそうに声をかけてきた。
それに気付いたらしい、彼はそっと手を放した。
そして、私はナイトレイという人の方を向く。
「はい」
「…自己紹介をしていなかったと今更気が付いた…んですが…」
「貴方の事だから、とっくに済ませていたのかと思ってましたが」
「ええ、失念していたようです。では改めて、私はイングラム=ナイトレイ大尉だ」
「ナイトレイ先任大尉ですね。私も改めまして、ご挨拶させていただきます。レナス=アーヴィング大尉です」
クロイツァーの横槍が入る。
その声色で、からかっているような気さえする。
それにナイトレイという人はばつの悪いような笑みを浮かべて、名を名乗った。
私も自己紹介という形で返す。
「今後とも、よろしく頼みます。…さて本題に戻すが、クロイツァー少将が率いられるのは、特殊任務部隊・通称アキシオンフォースだ。我々は、大規模戦争時には偵察・正規部隊の先導・捕虜奪還・敵補給路への襲撃及び破壊・空挺部隊及び空中機動作戦における降下地点の選定誘導・空軍航空機の爆撃誘導及び破壊状況の確認等を行う。非軍事的作戦及び低列度紛争においては、正規部隊の投入が時期尚早と判断された敵国・敵支配地に潜入し偵察・監視・軍事拠点の破壊工作・民間不正規防衛グループの支援等の作戦に従事することとなる」
「……はい」
「他にも特殊部隊は存在するが、他との特殊部隊との大きな相違点は、敵支配地域における情報収集能力…特に諜報戦・心理戦等の不正規戦に特化している点だ」
なんて、世界なのだろう。
第一印象はそんなものだった。私の言葉では語りつくせそうもない。
ナイトレイ大尉はさらに続ける。
この部隊は、通常の部隊と比較すると人数は少なく、戦争における非合法工作に従事する為あらゆるスキルを有する事を隊員には要求していると。しかしながら、アーヴィング大尉は既にその要求をクリアしていると。
実際には戦争を知らないアマチュアだというのに。
彼らはそのような危険な事を繰り返してきたのか。
説明するナイトレイ大尉と私を、奴は見ていた。
先程のからかう様な色は無い。
冷たいとも言い難い、全ての感情を消し去ったような、まるで人形。
その表現が最もしっくりくる眼で、だ。
やはり、私と似ているのではないか…。
私のその思考を否定するかのように、奴は私たちから視線をそらした。