「それで、発端の人間…つまりはクリストフ=クロイツァーがどうにかしろってなったわけ?」
「だいたいあってる」
「というか、なんでクリストフ=クロイツァーがこの世界に二人もいるんだ?」
「ああ、それね。本当はこちらの世界の僕だけでも充分なんだけど、ちょっと不安要素があってね。万全を期すために、やりたい放題やっているやつの方の世界にいた僕が駆り出されてきたっていうわけなのさ。こっちの僕があいつをひきつけている間に、僕が横から殴りつけるっていうシナリオ。さすがにそういうのを姉さんにさせるわけにはいかないからね、こんな事態になったんだ」
「君にはお姉さんがいるの?」
「そうだよ、僕と同一人物であるこっちの僕もだけどね。テトラリスのクリスティアーネ第一王女って聞いたことない?」
「はい?その人ってあの黒髪が綺麗な人でしょ?それでもって青い瞳の」
写真でしか見た事が無いが、朗らかな笑顔が印象に残る異国の王女の姿が思い出された。
名前からして自分たちとは違う人種なのだが、アジア系のもつ黒髪と何ら変わりないような見事な黒髪だった。
そしてあの青い瞳である。なにもかもを見透かされているような、プルシアンブルーの瞳。
言われてみると写真の中の彼女の瞳は、目の前の彼の瞳と同じ色合いである。
彼女の母親であるはずの現女王は生まれつきのアルビノであるせいで真っ白な髪に真っ赤な瞳という、どことなくウサギを思い出すような姿だったが。
「そうそれ」
「ありえない。というか、君ってテトラリスの王家筋だったっていうわけ?」
「……ありえないなんてことはありえないさ。小さい頃ならともかく、今の僕が髪の毛を伸ばして似たような恰好をすれば彼女そっくりになるんだよ。体格も違うから完璧というわけじゃないけど、多分」
「歳は幾つ離れているんだい?」
「歳は同じだよ。一卵性双生児だからね」
「ますますありえない。それって同じ性別になるもんじゃないの?」
「普通はそう。でもね、僕らは非常に珍しいタイプの双子なんだ。同じ受精卵から発生しているわけだけど、その受精卵がちょっと普通とは違ってて、性染色体的にXXYだったの。これが分かれた時にXXとXYになったもんだから、性別が変わってしまったってわけ。言うまでもなく、姉さんがXXで僕がXYね」
「……そんなこともあるわけ?」
いろんな意味で衝撃を受ける。クリストフの姉がテトラリス連合王国第一王女にして次期王位継承者第一位。
ということはクリストフがテトラリスの王家筋だったということか。それに加えて、地球連邦軍のかなり上の方の地位におり、退役後はあのクロイツァー=コンツェルンの次期総帥になりそうなわけだ。なんてこった。何というサラブレッドなんだ。血統だけ見るとかなりやばい。本人の性格も記憶喪失なところがあるけど、まったく悪い訳じゃないから……全然勝てる気がしない。
「言ったでしょう、ありえないなんてことはありえないって。さて、そろそろ本題に戻そう。僕たちにはあまり時間が無いんだから」
「時間がない?」
「そう、件の好き勝手やっているやつがこの世界を消そうとしているんだ」
「はあ!?」
「正確に言うと、やつの世界をこの世界に上書きしようとしていること、かな」
「そんなもの、データみたいにホイホイと…」
「それができちゃうわけ。あいつが作った他の世界に干渉する技術があるから」
「……」
そんなもん、作るやつも頭がどうかしている。
気が触れているというわけではなくて、なんというか頭良すぎだろう。
クリストフがその僕の心情を察したかのように、やれやれという仕草をした。
「それでだ。あいつを止めるのは僕たちの仕事だ、そのために生まれたようなものだからね。君にはあいつとあいつが作った存在をちょっと監視しててもらいたいんだよ」
「……僕はそのために此処にいるのか」
「そういう事。見知らぬ他人でもよかったはずだけど、一から関係を作るのはあまりにも時間がかかりすぎる。そこでこちらの僕の知り合いの力を借りようと思った」
「なにも、僕でなくてもよかったんじゃないの?」
僕の疑問に、クリストフは苦難の表情を浮かべ顎に手をやって何かを考えているようだった。
言っていいものか迷っているみたいな、そんな感じの黙り方だった。やがて、彼の中で答えが決したのか口を開いた。
「…消去法なんだ。まず僕らの知り合いは非常に少ない。両親は他界しているし、親類はほとんどなし。となると、アカデミーのクラスメイトなんだけど、君の幼馴染——男の子の方ね——はまだかろうじて生きているけど、精神状態が不安定でちょっと頼みにくい。女の子の方の幼馴染は応答がない。肉体の損傷が一番ひどかったものな…。他のクラスメイトもこの世界で死んでからは精神状態が不安定だし、何より記憶も定まっていなくて精神体の形が取れない…あ、精神体っていうのは君たちでいう”魂”に近いものの事ね。君はなんかよく分からないけど、その歳で死ぬことを知っていたみたいな…なんというか混乱していないし、記憶も定まっている——以上の事を鑑みて、君を選んだんだ」
「——そう、僕らは砲撃にあって……ヒカルだけが生き残ったんだ」
「やっぱり、君は自分が死んだ時の状況を覚えているんだね」
「そう、なるのかな。スクルドやみんなが死んでしまったのは残念だけど、ヒカルさえ生きていてくれれば僕は何にも云わないかな」
「あの時、砲撃の直撃前に君が戦艦を動かした結果だと僕は思う。君の幼馴染ヒカル君が生き残ったのは。あそこで何もしなかったら彼も死んでいたよ」
「あいつ、責任感が強いところがあるから……変に思いつめないといいけど」
「彼は彼なりに心の整理をしてくれるよ。こちらの僕はそう言っている」
「そう、なのかな」
「一番ヒカルの事を知っているはずの君が彼を信じなくてどうするんだ?」
「——————!」
その言葉に再び衝撃を受ける。
あいつとは僕が小さいころからの付き合いで、あいつが猪突猛進に進んでいくのを僕が引き止めたりなんかして。ずっと僕はあいつの心配ばかりして、あいつのストッパー役であり尻拭い役でいることを決めていたんだ。
あいつの事は僕が一番よく分かっているんだと思っていた。でも、今はどうだ。あいつの事を僕は信じ切れていない。
それをヒカルとは付き合いの期間が短いはずのクリストフに突き付けられたのだ。
それも、実際に付き合っていた人物と同一なようで同一ではない人物にだ。
「まあ、それは君が決めることか。僕が関知するところではない」
「……」
「Festina lente…かな」
「?」
「僕からのアドバイスだけど、意味は自分で調べてみて。それが一番の近道だからさ」
「ところで」
「うん?」
「君の事、なんて呼べばいい?同じ人が二人もいるなんて想像したことないから」
「————ふふ、まさかそう来るとはね。僕の呼び方は何とでも。好きに呼べばいい」
「オーケイ、シュトッフェル。君の話は大体理解した。ただ一つだけ聞きたいことがあるんだけど?」
「————君の活動範囲についての質問でしょう?」
「なんだ、御見通しというわけか。さすがだね」
「じゃあ、僕からは答えを。まず、君は実体を得る。一応、生前と同じ姿でね。変装する必要はないし、誰かに会うなということもない。この世界の僕は勿論、ヒカルに会ってもいい。その辺りは君の裁量に任せる。基本的な情報はこの世界の僕を介して渡そう。ただ、好き勝手にやっている奴…名前をイヴリン=フェレスというんだけれど…そしてレナス=アーヴィング…クラウス=ローエングリン…そんなところかな……そいつらの監視さえしてくれればいいわけだ。必要であれば此処にいる僕も君をサポートしよう」
「ちょっと待って…レナス=アーヴィングって君の副官じゃないか」
「その通り、よく知っていたね。僕と彼女って監視しあう関係なんだよね。彼女は上司である僕を監視して僕は部下である彼女を監視している。お互いがそうとは気づいてはいないけれど。彼女は明確に僕を監視している。この世界の僕は無意識下で彼女を監視しているのさ。僕たちは同じ存在なもんだから思考も同じというわけ」
そして、彼——シュトッフェルはふっと瞼を下ろした。
ありえないことに彼の周囲に光り輝く文字が現れては消えて行った。辛うじて視認できたのは物理学で使用するであろう方程式。確か、あれはシュレーディンガー方程式という名だったはずだがそれも一瞬のうちに他の方程式に置き換えられる。それもすぐにほかの方程式に置き換えられていき時計の秒針が動くのとほぼ同時、もしくはそれよりも早く方程式の計算を進めているようだった。あ、シュトッフェルはさっきもこんな空間に図形を描いていたよな。もはや何でもありなのかもしれない。
ややあって、瞼を上げてシュトッフェルは笑みを浮かべた。
「準備は整った。すべての結末は君に委ねられたといってもいいだろう。君の心の命ずるままに行けばいい。いつでもここに戻ってきていい。僕はたいていここにいるから」